2015年09月29日

JointMemorialService 100th,442nd,MIS,1399EC 72周年

2015年9月27日 10:00AM(現地時間)
ハワイ、ホノルル郊外のパンチボウル国立墓地にて72回目となる100大隊、442連隊戦闘団、MIS陸軍情報部、1399工兵隊のWW2合同慰霊祭が行われました。

これはWW2に関連したすべての日系アメリカ人のための慰霊祭で、前項で書いた通り日系部隊最初の戦死者とされるSigeo.Joe.Takata軍曹を記念して始まったものです。

2012年に私、先任がハワイを訪れた時以来で、BCo/100bnの初期メンバーであるZeke、ナカムラの2人が式典に参列いたしました。





思えば私がハワイへ行ってからの3年間に間にも多くのVeteranが亡くなられています。
そう思うと、なんて貴重なお話を聞けたのだろうと思う反面、もう二度と聞くことができないという悲しみにも襲われます。



彼らは前日の準備作業にもボランティアとして参加しており、大歓迎を受けたそうです。
まぁ、セレモニーはともかく準備作業に参加した日本人はそう多くはないでしょう。
私も2012年に準備作業から参加しました。


セレモニーは滞りなく行われたようですが、随分とVeteranの参列者は減ってしまったようです。
先日も100大隊HQの通信を担当していたEdwardIkuma氏の子息で退役海軍大佐とメールのやりとりをしていましたが、Edward氏も高齢により、パンチボウルの参列は見送るとの事でした。

そういえば、友人ピエール・モーリンは参列したのだろうか?
ピエールはフランスのブリエア(日系部隊が解放した街)出身で、ハワイに移住し、二世部隊の研究をしています。



2人はセレモニーで歓迎を受けた後、100大隊VeteransClubを訪れ、記念品を贈ったそうです。



その後はFort Shafter陸軍基地の見学に招待されて参加。
Fort Shafterは現代の第442連隊第100大隊の駐屯地です。




おお、アラカワ君が昇進してる♪

銃やら色々出してもらいご満足したもようw
現役の100大隊の将兵とも交流でき、大変良い機会となったようでした。
  


Posted by 先任  at 04:43Comments(0)ハワイ研修

2013年09月09日

ハワイ私物研修 17 Mighty Mo

昨年秋のハワイ私物研修レポを続けます。



太平洋航空博物館で大変有意義な時間を過ごした後、次なる目的地「ミズーリ」へ。
USS.Missouriに関して、詳しい説明は不要と思います。
詳しく知りたい方はwiki先生に「ミズーリ」で聞いて下さい(w





ゲートに着くと、前日の100大隊セレモニー http://kfir.militaryblog.jp/e376269.html で会い、友人になったハワイ州軍の士官が出迎えでくれました。
彼も日系人です。




そしてエントランスの40mmボフォースの隣になぜかこれが。。。。
九二式の大隊砲。  なんの比較?(w
どうせなら、完全な形の九六式25mm3連装機銃とか八九式12.7cm高角砲とか置いてて欲しかったなぁ。



周囲いたる所でバリケードとして使われてるコレ。



ベンチとしても有用。



たまに主砲の装薬の入れ物にもなるようです(w






乗艦前にタラップからパシャパシャ。
大きい。 とは思うけど、思ってた程のインパクトを感じないのは尾道の大和行ったからでしょうか?(w






錨甲板からアリゾナを望む。
アリゾナ記念館についてはまた今度。

もう少し、ミズーリのレポ続けますが、また次回。  


Posted by 先任  at 21:42Comments(2)ハワイ研修

2013年09月08日

ハワイ私物研修 16 太平洋航空博物館

あれからもうすぐ一年になろうとしています。
ハワイ研修についてが途中で終わっていましたので、追加記載いたします。
ハワイのオアフ島、パールハーバーはフォード島にある太平洋航空博物館見学レポの最終項です。



これはミュージアムショップで買った本。
有名なベン・クロキ氏を紹介するやや低年齢向けの本と思います。
太平洋戦線に移ってからの写真や、「Sad=Saki」の写真も掲載されており、ありがたかったです。






B29の照準機等。
フライングタイガース仕様のP-40も置いてありましたが、写真撮ってないので割愛(w












B-52の機首がぶった切って展示されてました。
操縦席や爆撃手席など興味深いですねぇ。






T-6テキサン。
この機体は、映画ファイナルカウントダウンやトラトラトラ!等で零戦役を演じた名優だそうです。
もちろんフライアブルな状態に置かれ、いつでも飛べるそうな。
こんな大俳優に会えて光栄でした。






レストアを待つ車輌達。
戦後のものばかりですね。 トラックの名前はシャレですかね?(w






レストア待ちのエンジン達。
下のはP&Wのワイルドキャット用のエンジンで、南方の島から拾ってきたとか。




C-47。。。ではなくDC-3の方ですかね。
これも直すと言ってたなぁ。。






スチンソンL-5(であってますかね?) WW2で使用された連絡機ですね。
映画「バルジ大作戦」を思い浮かべます。

  


Posted by 先任  at 04:31Comments(0)ハワイ研修

2012年12月08日

ドラ猫! ハワイ私物研修 15 太平洋航空博物館

ハワイ研修続き。。。。と言うかドラ猫の続き(w




いまさら書くことも無くなった。。。。
ほとんど変態写真集ですな(w






ラストクルーズの時くらいハイビジマーキングして欲しかった、と言う素人の勝手な願い。。。







このフックで何回ワイヤーを引っ掛けたんでしょうね。
まぁ、何回といわず交換してそうですけど。

何回で換えるんやろ・・・??









前脚

このメカニカルな感じがたまらんですね。
デッキクルー装備一式持って来たかった。。。。
フォード島には持ち込めないけど



前脚収納部。
このメカニカルな。。。以下略






M61A1機関砲の発射口。
こんなペプシみたいになってんすね。
面白かった。





次、会えるのはいつかな。。。?

Byebye TOMCAT!


  


Posted by 先任  at 15:23Comments(2)ハワイ研修

2012年12月08日

ドラ猫! ハワイ私物研修 14 太平洋航空博物館



ハワイ 太平洋航空博物館レポを続けます。

今回は「HANGAR79」の私的目玉。
愛すべきドラ猫、F-14トムキャット特集です♪









いきなりインテークのアップで(w
まぁ全身像なんてネットでどこでも拾えるので、たまにはこんな写真も良いかと。








主脚。
実際に空母で見た時は足回りはもっと油でギトギトでした。 展示用に綺麗にしたんですね(w






主脚格納部。
まぁこんな写真も珍しいでしょう(w
引退する際に書き込まれたという整備員の落書きなんかもあります。





機番号「102」 映画「トップガン」の出演機です。
VF-31で最後まで現役として飛び続け、ラストクルーズを終えてここに来たそうです。








ラストクルーズ”LastTimeBaby”時のマーキングのまま。




プラット&ホイットニー社製TF30-P-412エンジン  あんまり詳しくないけど(w
なんだかんだで、F-14の最大の問題点は価格とこのエンジンなんかぁ、と思います。
飛ばした事ないので良いのか悪いのかわかりませんけどね。






ドラ猫フェチ写真は次回も続きます(w
だって好きなんやもん♪




  


Posted by 先任  at 09:59Comments(0)ハワイ研修

2012年12月07日

ハワイ私物研修 13 太平洋航空博物館



さて、ハワイ私物研修レポートに戻ります。
今回もパールハーバー 太平洋航空博物館の続き。

博物館には展示用格納庫が2つあります。
1つ目は前回まででご紹介したハワイ航空史~真珠湾攻撃~WW2を中心に扱ったヒストリカル・ミュージアム「HANGAR37」です。

そしてもう1つが今回御紹介する「HANGAR79」

こちらは戦後の代表的航空機の展示と、様々な航空機等のレストアやメンテナンスを行っている格納庫です。
レストア作業等を実際に行っている場所の為、ガイド無しで入ってはいけないとかなんとか。
実際には歩けば勝手に入れそうでしたが。




格納庫37を出て歩いていくとまず目に付くタワー。
戦前から立っていた給水塔兼管制塔だそうです。
保存にそろそろ問題があるらしく、資金が無いそうで。。。。皆さん、入り口で是非とも寄付をしましょう!
(私ももちろんしましたよ)


格納庫79の前にも色々駐機しています。




セイバーの亜種。。かな?
ハワイ・ナショナルガードのマーキングです。



これらの機体はこれから化粧直しをして展示されるそうな。


そして格納庫79に入ると、そこは。。。。。すんごい空間でした!




Mig15が見れるとは。。。。






ってか、なんでフィッシュベット(Mig-21)あんねん(w
ポーランド経由の個人所有で、自分で飛んで来たんですって。 すげーぜ。

ノーズコーンって、速度にあわせて前後するんですね。 空気の取り入れ量を調整する為。

隣のデルタダガーもたいがい珍しい機体。




AH-1とUH-1。
ナム戦好きにはたまらん機体ですね。





中も見放題♪




60に見慣れてるとデカいなぁ。。。シーキング。
こんなの「ゆき」に積んでたって、なかなか想像できない。
実際に見てるけど(w






そして60
まだまだ現役(タイプちゃうけど)な機体も展示しちゃう所がさすがです。
こいつの解説は私がやったのは内緒(w

と、まぁこんな感じです。
「HANGAR79」 の後半は次回、ドラ猫特集で!

  


Posted by 先任  at 22:18Comments(0)ハワイ研修

2012年11月19日

ハワイ私物研修 12 太平洋航空博物館



パールハーバー 太平洋航空博物館の続き。





SBDど~ん、とれす(w

http://ja.wikipedia.org/wiki/SBD_%28%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%29
詳しくはwikiでも見て下さい。

ミッドウェー海戦に関する展示と併せて展示してあります。
(なんか腹立つがシカタガナイ)

これもフライヤブルだそうで、驚きます。
足元はエンタープライズの甲板でしょうか。
日本海軍にとってはまさに「敵」ですが、私は結構好きな飛行機です。










F4Fワイルドキャット
こいつも大好き。 ヘルキャットも好きだが、この無骨さはたまらん。

あぁ、詳しくはこちらへ(w
http://ja.wikipedia.org/wiki/F4F_%28%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%29

足元はヘンダーソン飛行場等の急造滑走路をイメージして、穴あき鋼板が敷いてあります。
誰かの本に「日本はその穴あき鋼板のために負けた」とか書いてましたね。
もちろんわかっての表現でしょうが、こーゆー物を開発し、大量に持ち込むと言う”後方を重視”した戦争のやり方と言う意味で納得できます。
整備兵やWLAなども展示してありました。



N2S-3ステアマン(PT-17の方が通りが良いですかね? 搭載エンジンと採用軍によって名前が変わるそうです)

こいつも飛べるんだってよ、すげーぜ(w
名練習機ですね。

  


Posted by 先任  at 13:44Comments(0)ハワイ研修

2012年11月19日

ハワイ私物研修 11 ニイハウ島事件



ハワイ私物研修の続きです。

今回はニイハウ島事件について。
パールハーバーの太平洋航空博物館では、ニイハウ島事件についても割合大きく展示されていました。



ニイハウ島事件については下記参照。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%82%A6%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6

現在でも諸説があり、断定できない複雑な事件ですが、まさにパールハーバー直後のハワイ日系人の複雑な心情を表すかのような事件やと感じます。

博物館の展示はアメリカらしく、感情を挟まず起こった事を実直に書いているように感じました。
ただ、ガイドによっては偏った案内がある場合もあるようです(w

私は日本人のガイドさんで、どちらかと言うと日本人的な解釈のガイドでしたが。

以下の写真は実際に零戦操縦士の西開地一飛曹とハワイ出身の日系二世ヨシオ・ハラダ氏が破壊した、零戦の残骸です。







ハワイ現住のカレオハノ氏や日系一世のシンタニ氏そして西開地一飛曹、ハラダ氏とその妻、梅乃夫人。
複雑なそれぞれの立場と、考え方、行動とその結果は、70年後の私がどうこう言えるような物でもありません。
ただ、事件とその結果による影響は日系人社会には大きなものであったのは事実でしょう。

祖国への忠誠と義務、軍人の責任。 アメリカ人としての立場と考え、そして日本にルーツを持つ日系人の心。
事件に関係した人々は、それぞれその最善を尽くそうとした結果なのだと思います。

これは失礼なのかもしれませんが、日系人部隊のリエナクトメントをするに当たって、彼らの思いもまた、考えたいとあらためて感じます。

ニイハウ島自体は個人所有のため簡単には行けないそうですが、いつか現地にも行ってみたいものです。
  


Posted by 先任  at 10:26Comments(0)ハワイ研修

2012年11月11日

ハワイ私物研修 10



ハワイ研修も5日目です。
前日のセレモニーと、100大隊クラブでの余韻が残っています。
今日もクラブへ行こうかとも思いましたが、せっかくなので朝イチからバスに乗ってパールハーバーへ。





途中で見えたイラオニ宮殿。。。の隣の建物(w


着いたらエントランスでバッグを預けて行け、と言われる。。。
予備バッテリーとか色々入ってるのだが。。。まぁ軍施設だからシカタガナイ。


で、チケットを買った後で専用のシャトルバスに乗ってまずは太平洋航空博物館へ。
ここは日本語のツアーがあるのですが、別に英語でも良いやと思っていましたが、調べるとツアーに予約しないともう1つの格納庫には行けないとの事。
慌てて昨日に予約しました。

で、行くと最初にプロパガンダ映画を見せられます(w
まぁ内容は押して知るべし。 ここはパールハーバーですからね。

映画が終わるとツアー開始。





小池さんと言う日本の方が担当してくださり、実に丁寧に説明して下さいました。
九九艦爆→愛知 九七艦攻→中島 と言うあたりがアメリカですね(w
一緒にキョウコさんと言う、メーンランドで育った日本人の方も回りました。
彼女はガイドなのですが、勉強中のようでした(たぶん)



太平洋航空博物館は大きく2つに分かれていて、1つ目はハワイの航空史とww2が中心です。

まぁ、パールハーバーがあって、ドゥーリトル空襲に繋がるお決まりのストーリーですね。



零戦。
足元の飛行甲板まで再現されている所がアメリカですね。
マネキンが来ているのは精密複製の中○商店製だそうです(w



マネキン、と思っていたら搭乗員は動いてびっくり。 学生のバイトだそうな。
日本海軍は気をつけの時は手を握らず、まっすぐ伸ばす と教えておきました。



レプリカ、だそうです。
日本の博物館でもなかなか展示してないよ。。。。



このウォーホークは残念ながらフライヤブルではないそうです。
つまり、展示機の多くはまだ飛べるそうで。
すげーや。




ミッチェルの足元はホーネットの甲板ですかね。
すごき綺麗に保存されてます。。。ってかフライヤブルだそうで。



弾薬箱も実物ですね。 素晴らしい。

次回に続きます。


  


Posted by 先任  at 23:33Comments(0)ハワイ研修

2012年10月31日

ハワイ私物研修 9



ハワイ、パンチボウルでのWW2ベテランを偲ぶ「JointMemorialService 2012  100th-Bn&442RCT&MIS JapaneseAmericans」 に参加してきた件は前回書きました。

今日はその追記。

http://www.hawaiinewsnow.com/category/240193/new-video-landing-page?autoStart=true&topVideoCatNo=default&clipId=7785803#

ハワイニュースで放映された慰霊祭の様子です。

思いっきり映っててびっくりしました。。。。(w

  

Posted by 先任  at 20:54Comments(0)ハワイ研修

2012年10月30日

ハワイ私物研修 8 

JointMemorialService 2012  100th-Bn&442RCT&MIS JapaneseAmericans


今回の渡航の一番の目的である、慰霊祭に参加してきました。


この慰霊祭は1943年9月29日に戦死した「ジョー・タカタ氏」の追悼をきっかけとし、WW2に関わったすべての日系人を偲ぶものです。












多くの方のスピーチや楽隊(NavyBandでした)の演奏、コーラスの合唱、弔銃、そして焼香。




私はメールで旗を持つ話を聞いていましたが、今回はベテランの方々も高齢と言うことでなくなりましたので、友人の歴史研究家(一昨日書きましたが)ピエール・モーラン氏の車椅子を持ちました。
コーラスは442ソング&100ソング、そして「千の風になって」(日本語でした)
おー、全部歌える、と言うことで合唱に参加しました♪

なお式典の様子は私は写真を撮ってないので、友人のFBからの頂き物です。

先日からお会いしている100大隊のベテランからはあっちこっちから呼ばれて、ご友人やご家族に紹介して下さりました。


エディ・ヤマザキ氏は本を書いておられ、資料等を私に下さいました。


更に日本の外務省の方にも声かけられるし、米海軍の大佐にも「何してんの?」って聞かれるし(w




また、MISの方も多く来られてて、何人もの方とお話しました。
そこで戦後の舞鶴に来られていた方を聞くと、2人も居られたのです!
もちろんタカキ氏を知っていて、桜の話をしました。
名詞を交換して、手紙を送ってくださるそうです!
こちらからも年賀状を送らなければ!
残念ながら、桜を植えた二世についてはやはり朝鮮戦争で戦死した、としかわかりませんでしたが、それでもお話できたのがとても嬉しかったです。

式典の後、ロバート・サトウ氏が話しかけてくださいました。
私の胸の記念賞を指差しながら「おっかないね」と言われました(w
お別れの際に力強い握手をしながら「頑張ってね」と言って下さったのがとても印象的でした。

アラカキ氏は私にチャレンジコインを下さいました。

このコインは売り物ではなく、パンチボウルの式典に参加したベテランにのみ配られる物だと言う事です。 すごい名誉!

イクマ氏もわざわざ探してきてくださったのですが、他の方にも話かけられてばかりで、あまりお話できなかったのが心残りです。
後で娘さんにメールを書こう。

式典が終わり、442クラブにランチに誘われたのですが、100大隊クラブのランチにも誘われていたのですんごく悩みました。。。。身体が2個欲しい。
悩んだ末、100大隊クラブの方へ行きましたが、知ってか知らずか大変喜んで貰えました。




また現役442連隊の若い兵隊さん達とも交流できました。
で、美味しくランチをいただいてお話して、帰りに目一杯のお土産を下さいました!   


Posted by 先任  at 20:53Comments(0)ハワイ研修

2012年10月29日

ハワイ私物研修 7



ハワイも4日目。

朝は早かった!
と言っても6時起きなので、普段と変わらないですが。

準備してシャワー浴びて出発。
バスでダウンタウンまで行って、乗り換えるはずのバスを間違えて(バス停を間違えた)、結局
パンチボールまで歩いて行きました。。。。1時間くらい。
良い運動になったわ(w



ようやくタンタロスの丘が見えてきてちょっと安心。


丘を登りながら、かなたにダイヤモンドヘッドを臨む



パンチボール国立墓地に着くと、言われた時間より30分早かったにもかかわらず、すでに献花が始まってました。
受付に行くとアーリーン・サトウ女史が待ってて下さり、イノウエ氏を紹介されてイノウエ氏と一緒にお墓の掃除と献花を手伝いました。
簡単に書きましたが、100大隊関連だけでも全部で700以上のお墓があります。
リストに従って、その1つ1つに花を添えていくのはなかなか大変です。
もちろん私たちだけでなく、たくさんの遺族の方やベテラン、ボーイスカウトが手伝ってます。


まぁ墓地といっても半端なく広いので、受付でバケツに入った花を、指定された墓まで持って行くだけでも大変ですよ。
それを多くは高齢の方がしています。


私とイノウエさんは3往復、約80のお墓に花を添えました。

途中、観光ツアーのバスが何台も来て、バスでぐるっと一周して帰って行きます。
ツアーコースなんですね。
なんだか、と思いましたがツアーもハワイの観光資源なので「シカタガナイ」のかもしれません。
が、のーてんきに手を振るのはやめれ→日本人



献花が終わると、遅めの朝食となりました。
大量のスパム&梅のムスビです。

美味しかった♪
こーゆーところがやっぱり日系なんですね。

田舎で参加してた消防団や観光協会の清掃作業を思い出しました。

朝からかなり疲れましたが、すごく充実した気持ちになれました。


片付けもお手伝いして、帰りはアーリーン女史の車で100大隊クラブまで送ってもらいました。

本来はホテルに、とのお話でしたが夕方から100大隊クラブのディナーパーティに招待されていたので「そのままクラブでライブラリーの本で勉強させて欲しい」を頼みました。
ちょっと無理なお願いだったのですが(日中に私1人になってしまう為)、夕方に誰かが来るまでアーリーン女史が事務室に居てくれる事になり、許可が下りました。

そんな訳で、途中で寄ったお昼ごはんは私が支払いました。
トンカツ定食が焼き鯖定食より安いあたりがアメリカを感じます(w

クラブに着くと、○○氏(名前忘れた。。。後で思い出す)がライブラリーに居て、お話相手になってもらいました。
彼は100大隊ベテランの息子さんで、クラブハウスの展示物等を扱っているようです。
話していると、ライブラリーの棚から銃器を出してきました。




「おっちゃん、マニアか?www」
が、彼は米軍の物以外は知らないらしく色々聞いてきたので教えました。
(でも、M1ライフルはWW2ではない、と知ってた)
剣差にストッパーがオリジナルの状態(おそらく)で着いてるのを始めてみました。
彼はそれが何か知らなかったので教えると大変喜んでました。

またドイツ空軍の略帽があったのですが、それも何か知らなかったので教えると、メモ書きしながら「今度、展示ケースに展示するよ!」と言ってました。

彼はまた、学校の子供達に教えるためのパワーポイントを製作していて、是非チェックしてくれ、と言われたのでチェック(w まぁおおまかな流れなのでそんなに問題は無かったですが、100大隊がハワイを出る説明のページの写真が442の方(レイをかけている)になっていたので、そこは指摘しました。 ハワイとしては大事な部分やと思います。




○○氏が帰られてから読書の時間。
自分で驚いたのは、蔵書のおいしい部分の多くはすでにうちの本棚にあると言う点。。。(w
もちろん、所有して無い貴重な資料はまだありますが。

そうこうしてるうちに夕方になり、ベテランや家族な方々が集まってきてパーティとなりました。
また「100大隊の歌を歌え」と言われたので歌いましたが、続けて「日本の海軍の歌も歌え」と言われて軍歌を「合唱」しました。


3時間以上、散々飲んで楽しく過ごしました♪

帰りは現役第100大隊の若い軍曹、クリス氏に送って貰いましたが、彼もクラブにずっと関係していて友人になれました。

次回はセレモニーついて書く予定です。


追記

一昨夜。訃報が入りました。
この記事にしているハワイ行きは、2012年9月末から10月初めの話なのですが。。。その際、大変お世話になり様々なお話を教えてくださったLeighton Goro Sumida氏が亡くなられたそうです。
Sumida氏は92歳。 今では本当に数少ないオリジナルの100大隊メンバーで、A中隊で小銃手やBAR手をしておられました。
毎日のようにクラブハウスで戦友とカードをせれ、私が訪ねた際は「ビールでも飲みなさい」と言って、色んなおつまみをバッグから出して勧めて下さいました。
それが僅か半月程前の話です。

キャットアイランドでのエピソードや、友人だったと言うKiichi Koda氏の思い出話が忘れられません。
(Kiichi Koda氏は私と同じ苗字なところに興味を持ち、経歴などを何年も調べてました。Koda氏は戦死されており、殊勲十字章授与者です)



今まで本当にお疲れ様でした。
ご冥福を心からお祈りいたします。





  


Posted by 先任  at 22:30Comments(2)ハワイ研修

2012年10月29日

ハワイ私物研修 6



ハワイ研修のレポート、その4です。
今回はハワイ陸軍博物館について。

博物館は本来の沿岸砲台の建物をそのまま使用し、ハワイの軍事史についての展示が中心です。











中世のハワイ王国から始まり、アメリカ軍の進駐、WW1、WW2、朝鮮戦争、ベトナム戦争まで。
ちなみに25師団の博物館は別にあるのですが、今回は時間的に厳しいかな?
スコフィールドなので行ってみたいんですけどね。




















WW2のコーナーは特に扱いが大きく、主に二世部隊とハワイ市民、WACに焦点が当てられています。


こんなパネルも。








朝鮮戦争は写真が中心の展示。
日系の写真は少ないのでなかなか興味深かったです。










またベトナム戦争に関しては、簡単に武器や装備の他、ハワイR&RをイメージしたBARが作られてました♪
また、シンセキ大将のコーナーが別に作られています。
途中でパンジステークがあるので注意が必要です(w

で。

一通り見学して、入り口に戻ると早速ピエールに言いました。

「二世の人形、あれはフランス戦線のようだが装備の付け方が変だし、肩に442のパッチが付いている。 あのパッチは有名だが、VEday以前にフィールドジャケットには使用していないと思うんだ」
「そうなのか? 36師団のTパッチか?」
「それも使用が確認できていない。 恐らくは彼らが戦地でフィールドジャケットに付けたのは34師団だけだと思っている。もちろん、これからも調べ続けるが」
「そうなのか! ハワイもフランスもメーンランドもリエナクター達はあれを付けている」
「それは、勉強が足りないか、私たちの知らない資料を持っているかのどちらかだろう」

と言うと大爆笑しながら
「そうそう。 彼らは勉強してないね。僕はリエナクターと言うのはただ軍服を着てるだけの連中と思っていた。 だから君たちを知って驚いたんだよ」
と言ってくれました。

結局、閉館時間までピエールと日系部隊談義をして過ごしました。
実に楽しい時間でしたよ。
  


Posted by 先任  at 19:49Comments(0)ハワイ研修

2012年10月18日

ハワイ私物研修 5



ハワイ私物研修 3日目です。

とりあえずパンかじってシャワー浴びて出発。
昨日までははわいあん氏に連れて行って貰ったが、今日はバスで100大隊クラブを目指す。

通りをバスで2本ほど余計に回ったが、ほぼ問題なく到着。
路線図ないとわかりにくいね。
途中で白人がトランスファーチケットをドライバーの目の前でくれた(w いいのか?
つーか、俺もちゃんと持ってるってば。

着いたらスミダ氏と名前のわからないベテランらしき方が花札してた(w
邪魔にならないように、クラブハウス内をじっくり見学。


ライブラリーが閉まってるのが残念。
明日は開けてもらえるように頼んでみよう。

「ビールでも飲もう」と、スミダ氏が誘ってくださいました。
もう一人の方はお帰りになられたようです。




スミダ氏に色んなツマミを出して貰い、朝から美味しくビールをいただきながらお話しました。
2時間くらいお相手してもらって、ランチタイムで娘さんがお迎えに来られて終了。

「話相手になってくれてありがとう」と逆にお礼を言われてしまいました。。。

で、ハウスに誰も居なくなるのでハウスを後に。


昼飯食べて、テクテク歩いて陸軍博物館へ。













入り口の九五式とチャーフィーが可愛い(w
シャーマンでないのは九五がみずぼらしく見えてしまうから?

入り口入ると、すぐにピエール・モーリン氏が居ました。
足が悪いのに立ち上がって、こちらまで歩いて出迎えてくれました!


そっから3時間、怒涛のように話しました(w
いやー、楽しかった!
向こうはもちろん日本語できないし(挨拶やちょっとは話す)、こちらも英語はダメですが、マニア同士は共通の言語を持ってるもんですね(w

私のリエナクト写真を出すと、ミュージアムショップの店員に「俺の友達だ、日本から来た。見てみろ」と言って見せだすし。。。
見た店員も軍装やってて写真を出してきた。
毎年5月にこの博物館の前でイベントやってて、その時のものらしい。
なるほど、5月にハワイに来れば、リエナクター達に会えるのか(w

二人は散々写真を褒めてくれて、店のパネルに貼るから1枚くれ、と言って写真を持って行きました。
(ピンが無いので貼れない、明日持って来て貼る、らしいです)


店員と。
100/442の将校用兵科章のレプリカをくれました!


リエナクト写真を見ながらあーだこーだ話した後、ピエールの写真も見せてもらう。

ちなみにピエールはフランス人でブリエア出身。
ブリエアを開放した二世部隊に興味を持ってハワイを来訪。
その後、ハワイのニセイベテランをブリエアの架け橋として多くのベテランをブリエアに案内したりしている人。 体もデカいが人間も大きいのです(w
式典ではベテランズキャップを被っており、彼は第100大隊の名誉会員でもあるのです。
(他の名誉会員としてチャールズ・ライダーやマーク・クラーク、美空ひばりの名も)


この写真。 若いピエールを囲む4人は、あの写真で旗を持ってる4人です!
またキム大尉とも交友が深く、彼の思い出もたくさん話してくれました。

あまりに楽しく話してて、博物館見学を忘れるところでした(w

博物館については次回に。
  


Posted by 先任  at 10:24Comments(0)ハワイ研修

2012年10月17日

ハワイ私物研修 4






皆さんと記念写真を撮って下さいました。
機関誌に載るとか!

第100大隊クラブでのワイン・ギャングは続きます。
私はひとしきりお話を終えたので着替えました(笑)


アラカキ氏から100大隊の50周年の時の記念誌をいただく。
しかも、アラカキ氏が皆さんのサインまで貰ってくださった!
更に全員から、と言ってクラブのパッチも頂いた!




イクマ氏はご自身とご家族の写真があったので、そのページにもサインしてもらう。




ゴロー・スミダ氏は、ご自身のベテランズキャップにつけていた34師団バッチを外してプレゼントして下さいました。
スミダ氏はなんと、キイチ・コダ氏の友人で、コダ氏が手榴弾で吹き飛び亡くなった時もそばに居たそうです。
コダ氏の思い出話を色々と聞きました。




ロバート・サトウ氏は、当時の有名な写真にも良く出てます。
そして、「ブリエアの解放者たち」でも日本語でインタビューに答えておられたのが印象的でした。
まさか本人にお会いできるとは!

日本から持ってきた本にサインをいただきました。
今でも上手に日本語を話されます。
チキンヘカのお話も聞きました。
ビールの飲みっぷりを褒めて貰いました(w


100大隊クラブの世話役で、私の訪問の調整をしてくださったジェーン・ヒラタ女史はジェシー・ヒラタ氏の姪にあたるそうです。
叔父さんの悪事を色々と聞きました(w
亡き叔父さんに代わってサインを頂きました。

チノの制服を着るのはなかなか勇気が要りましたが、ベテランの方もクラブの方も「是非!」と言ってくださったので思いきって着ました。
皆さんとても褒めて下さり嬉しいやら恐縮するやら。。。。
とりあえず、勧められるままにビール(w


他にも多くのベテランと、現役の100大隊の方も来られてました。
美味しいお料理と酒、お話。
本当に本当に楽しい時間が過ごせました。

442ndのマンガを描いておられるステーシー女史になんか最近流行ってると言うダンスを踊らされました(w
なんかよく分かりませんでしたが、余興としてベテランの皆様に喜んで貰えたので良かったです。


そして、シルバーのトーチのペンダントを売ってくれました。 嫁に土産が出来た(w


他にもナカムラ氏、ヤマサキ氏、タキヤマ氏、シラカタ氏と言うベテランの皆様にお会いできました。
なお、この大隊旗をモチーフにしたボードはイクマ氏のご子息が寄贈したものです。

ベテランの方以外にこられてた方々。。名前がわからない。。。
多くの方と過ごせて本当に良かったです。


そうそう、全米で展開している「アロハ醤油」 http://www.alohashoyu.com/about/
の社長さんも来られてて、醤油をいただきました。
ハワイ日系人の舌を支えて来られた方、と言っても過言ではないでしょう。
皆様が口々に「やっぱりショーユだね」 「ショーユあればなんでも食べれる」と言われてたのが印象的です。

タイミング微妙でしたが、私が日本から持ち込んだ醤油も配りました。
皆さんとても喜んで下さったので良かったです。

そんなこんなで楽しい、貴重な時間はあっと言う間に過ぎ、お開き。

ホテルまでアラカキ氏に送っていただきました。



  


Posted by 先任  at 16:28Comments(0)ハワイ研修

2012年10月17日

ハワイ私物研修 3



朝起きる。
シャワー浴びて準備。
チノ服に皺が入ってしまっていたので、再度アイロンをかける。
日本製アイロンと大型アイロン台があって楽

で、9時にやや遅れ気味でホテルの前へ。
はわいあん氏が迎えに来てくださってました(お待たせして済みません)

お話しながら手土産を買いに「ドン・キホーテ」へ。  ハワイにもあるんすね(w
食い物は多そうだから、と瓶バド購入。 瓶バドはイタリアでも飲んだと言う話で、今まで使ってきたのが間違いではなかったと確信。

クラブに着くと、すでに数人の方が来られてました。


昨日もお相手して下さったアラカキ氏からプレゼントをいただく。
めっちゃ嬉しい。。。


100bnの子供達 プレートカバー。
歌の歌詞。 ゴールドメダルのレプリカ(w

お土産にお茶漬けセットを渡したが、ぜんぜん釣合ってないよ。。。。

そして、昔の歌です。 と言ってカセットテープを持ってきていただいた。
ビデオに録画(音)させていただく。。。。「露営の歌・日本語のまま」やった(w







イクマ氏がクラブに到着。
展示物を案内して貰いながら、色々とお話を聞く。
やはり参考になるものを見ながら聞く話は臨場感がある。
「ドイツ軍の銃を使ったか?」の質問に「ピストルはみんなお土産で持ってたが、敵の武器を戦闘では使わないよ。音も違うから間違えられる」と笑って答えられたのが印象的でした。

この日は多くのベテランがクラブハウスに集まります。
木曜日定例の「ワイン・ギャング」と呼ばれる会で、まぁ茶話会みたいな物と思います。
皆さんがもっとお元気だった頃は盛大にワインを飲まれていたのでしょうね。









イクマ氏が集まった皆さんに私を紹介して下さりました。
皆さん反応は「日本からわざわざ」と、言う感じでしたが、持参した私達のリエナクトメント写真を出すと大変興味深いように見て下さりました。
また幾人かの方は、「これはシェルビーでの訓練だね。こっちはイタリーだね」と写真から読み取り、私達の再現を見ていました。

そしてまた、様々な貴重なお話を得る事ができました。

特に宿営や食事に関して多くの証言を頂き、更に私達の再現がとても正確だと言って頂けました。

次回に続きます。
  


Posted by 先任  at 07:46Comments(0)ハワイ研修

2012年10月16日

ハワイ 私物研修2




9月26日~10月3日の間でハワイ、ホノルルに行って来ました。
渡航の目的は9月30日にパンチボールで行われるWW2日系人合同慰霊祭への参列と、第100歩兵大隊ベテランズ・クラブとの親睦、そして勉強です。



午前中の特別授業を終え、ランチの後に第100大隊クラブハウスへ移動。
そこでエドワード・イクマ氏、ロバート・アラカキ氏の2人のベテランへの貴重な質問時間を取らせて頂きました。
イクマ氏は大隊本部中隊の通信担当者で、あのキム大尉とも何度も行動しておられた方。
またアラカキ氏はB中隊の小銃手で、ギャンブルをしている当時の写真も残っています。

通訳を手伝って下さったはわいあん氏を交えて二時間程もお話を聞く事ができました。





とても穏やかに、親切に答えて下さいましたが、内心「なんでそんな事聞くんやろ?」って思っておられたのでは? と思います。

私も貴重な時間を大事にするため、失礼にならないように最初に伝えました。
「私は皆さんの戦歴についてもこれまで勉強してきました。部隊の功績や勇気、能力については多くの本に書かれています。しかし、皆さんがある戦場において、何を着て何を食べ、どのように過ごしたか。そういった事について多くを書いた本は少ない。私はそこを知りたいと思います。知って、実際に再現してみたいと思います」
(実際には「ブリエアの解放者」「若者たちの戦場」など、かなり細かい描写のある本もありますが。。。後述)

この話は、後にベテランが多く集まった会ではイクマ氏が他の方にも話して下さり、皆さんは「なるほど」と言う反応をされていました。

おかげで他のベテランからお話を伺う際にも助かりました。

この日にお二人に聞いたのは、イタリア、カッシーノ戦付近での使用装備、被服についてやその支給、交換に関する事。
機関銃や迫撃砲の運用方法。
小銃の手入れや、カービン、単機関銃との関係。
様々な場面での食事に関すること、寝床に関する事。
合い言葉や暗号、無線機や有線電話の運用方法等々。

大変多くの事を教えて頂く事ができました。
本当に感謝いたします。


もちろん、ここで聞いた事が全ての答えではなく個人差、部隊の差はもちろん、記憶違いも当然起こります
前述の本もそうですが、色々な方の同じ戦場における記憶と記録を見て、自分たちなりの答え(それも完全ではなく、途中経過としての)を再現活動で示していければ良いなと考えています。

ハワイ、初日から盛り沢山な内容でした。

以下の写真も私がハワイで一度は訪れたかった所です。
時間的な余裕がなく、通り過ぎるだけでしたが。。。









  

Posted by 先任  at 12:53Comments(0)ハワイ研修

2012年10月16日

ハワイ 私物研修1

9月26日~10月3日の間でハワイ、ホノルルに行って来ました。
渡航の目的は9月30日にパンチボールで行われるWW2日系人合同慰霊祭への参列と、第100歩兵大隊ベテランズ・クラブとの親睦、そして勉強です。

これから、何回かに渡って報告して行きたいと思います。

現地での初日。
到着が朝早かった為、最初に行ったのはミリタリーショップでした(笑)

お昼前のアポイントメントタイムになったのでベテランズ・クラブハウスへ。
職員(ボランティアですが)の方と2人の第100大隊ベテラン ロバート・アラカキ氏、エドワード・イクマ氏、及びご家族に迎えていただきました。

最初の予定は、近所のイラオニ・スクール 日本語学級での特別授業。

リエナクトメントについて、及び第100大隊について日本語とカタコト英語(笑)を交えてお話し、生徒の皆さんと交流しました。
講話する時も目の前に本物のベテランが居るので緊張します。。。いや、それでなくてもハワイとはいえ、外国の学校で講話するとか!

皆さん真剣に聞いて下さりました。
また生徒からの「なぜ100大隊をリエナクトすると決めたのか」と言う質問があり、私なりに100大隊と442連隊の違いについて説明した所、生徒も納得してくれましたが、ベテランの方が「100と442はアメリカ人やハワイ人でも同じだと思っている人が多い。君はよく勉強しているね」と言って下さり、大変感動しました。


しばらく続きます♪

  

Posted by 先任  at 10:27Comments(0)ハワイ研修