2018年02月22日

2018新年会 レポVol.10



随分間が空いてしまいましたが、色々忙しかったので勘弁して下さい。。。

2月が終わる前になんとか新年会レポ終わらせますw







攻撃の一連の流れを終え、午前中の訓練を終了。
携帯レーションによる昼食となります。

訓練なので武器装具はきちんと並べて置き、ハバーザックから朝食時に支給された昼食を取り出して食べます。
何度か書いてますが、10in1レーションにおける”Dinner”は主に昼食として梱包されています。
行動中を想定した10in1での昼食は、火や他の食器などを使わなくて済む。簡易携帯レーションです。
内容はK-レーションにほど近く、肉類の缶詰にクラッカー、フルーツバー、チョコレート等で構成されています。
よく動いた後なので、まぁ食えますw

チーム内でのAAR(AfterActionReview)は食事を摂りながらの実施。
各々の反省点や気付いた事を述べ合い、次回への糧としつつ、全体でのAARに備えます。






食事後、集合して全体でのAARを実施。
より大きな視点での行動や、指導官からの指導、助言を受けて行動を振り返りました。
パァーっとやって「楽しかったね」で終わる休日も良いのですが、やはりせっかくやっているのだからこそ、成長へと繋がる面白さがあっての趣味と私は考えています。
やはり自分では気付かない反省点も多く、大変勉強になりました。












再び装備を背負い、野営地へと戻ります。
足元が悪いとなかなか上手く行進できませんね。
そういえば「行軍」もやらんといかんなぁ、と思いつつも未だに実施できてませんね。
リプロダクションの靴の心配や場所、また長距離移動による体調不良者へのバックアップ、救護態勢等を考えてるとなかなかに困難です。いつかはキチンとやりたいんですけどね。








野営地に戻ったら前進準備の為、携帯天幕(シェルターハーフ・テント)を畳みます。
そしてまた、次の野営地へと前進するわけですが、訓練としてはここまで。
撤収し、また次回へと備えます。

今回も正月にも関わらず多くの参加をいただけ、大変有意義な訓練が実施できました。
参加者はもちろん、各位の参加にあたりご協力下さった皆様へ感謝いたします。

さて、次回のイベントと致しましてはいよいよ3月10日に京都舞鶴で実施いたします、「アロハ桜植樹式」です。
アロハ桜保存会で実施いたしましたクラウドファンディングでは、本当に多くの方々のご支援を得て、資金プロジェクトに成功いたしました。
クラウドファンディングは本日、2月22日の23時59分が締め切りとなっています。

この皆様のお気持ちを有意義に使用させていただくためにも植樹式の準備を進めていきます。
アロハ桜保存会と植樹式に関しては、アロハ桜保存会Webサイトをご覧下さい。




  


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2018年01月20日

2018新年会 レポVol.9






新年会レポートも終盤です。
なんとか1月中に新年会レポ終われそうですw

LD:攻撃開始線を越えて横隊に展開し前進中の分隊に対し、敵の砲弾が落下し始めます。
すぐさま伏せますが、続けて落下する砲弾に敵からの標定は明らかとなりました。
この場合、すぐさま部隊を前進させるか後退させるかして、敵砲弾の効果範囲から逃れる必要がありますが、ここでの判断は遅くなってしまいました(後にAARで指導)












移動し、突撃発起位置まで前進、突撃準備をなして待機します。
この間に小隊長から突撃支援射撃を要請、味方の迫撃砲弾が敵陣地に落下する想定があたえられました。
味方の迫撃砲はギリギリまで敵陣地を叩き、その最終弾の落下と共に突撃を開始するのがアメリカ陸軍のセオリーです。
余談ですが、日本陸軍は最終弾の「発射」と共に突撃を開始すると教範にあります。














最終弾発射、そして落下の想定が与えられました。
一斉に突撃を開始します。
なお敵機関銃陣地の破壊を確認した小隊長からの指示は、射撃しつつの前進でした。
通常は突撃時は射撃を行わずとにかく走って前進します。
射撃を行うと、どうしても足が止まってしまうからで、普通は防御機関銃の餌食になってしまいます。
機関銃の射線を一気に突破し、敵の防御ラインを超えるのが突撃です。
しかし、敵の火力や戦意が明らかに衰えた場合にこのような射撃しつつの前進もあります。
今回初めての事でしたので混乱w
結局射撃するだけして、走って突入するというあまり良くない突撃となりました(AARで指導)












丘中腹の敵陣地を制圧したあたりで、息も上がってバテバテでしたが、すぐさま小隊長から「前進!丘の稜線まで行け!」と命令されて、フラフラ前進w
命令が丘の奪取である以上は当然なのですが、敵陣地を越えた時点で「終わった」かのような気になってしまうんですね。反省事項です。
ゼイゼイ息を切らしながらなんとか丘の稜線まで出て、確保した時点で状況終了となりました。


以下次回に続きます。


なお、上記のような戦闘の流れについては関西ヒストリカルイベント主催の「ざ・オストフロント1942」等でも行っており、ムービーでも確認できますので参考までに。




また本年3月4日(日)※前日からのキャンプ歓迎!、和歌山県橋本市のサバイバルゲームフィールド「バトルランドー1」において第17回ヒスサバウエスト=HSW17が開催されます。
こちらはWW2でレギュレーションに示す範囲でなら広くなんでもOKなサバイバルゲームイベントです。
是非、WEBサイトをご確認の上、皆様お誘いあわせでご参加ください!

  


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2018年01月20日

2018新年会 レポVol.8

新年会レポートを続けます。













森林へと入り、前進を続けます。
そうい言えば、想定を命令について書いてませんでした。

今回の総合訓練では、2個小隊並列で行う中隊の攻撃の一部として、左翼第1小隊の第1分隊に位置づけられました。
前方の丘(A丘)には約1個小隊規模の敵が確認されています。
また各小隊長の要請により、60mm迫撃砲による支援が得られる事となっていましたが、機関銃については他の小隊の攻撃支援に振り分けられてありません。

当分隊は左翼第1小隊の左翼としてA丘を攻撃、奪取する命令が与えられました。
命令を受けて第1分隊は左側から谷を通って迂回し、A丘を攻撃します。
















前進中、前方から射撃を受けます。
まずはその場(または遮蔽物)に伏せ、ついで事前にに指示されていた通り、2組が射撃を開始。
その間に1組が右方向へと迂回し、谷に沿って敵の側背へ移動します。
この時、1組長(私です。。。)の指示が悪く、速やかに組を迂回前進させなければいけない所を、組ごとに交互躍進してしまった為、時間を要しその間に敵の前哨は後退しました。
この後退についても、分隊内の伝達がうまく機能せず、分隊長は気付かないままの時間が長かったです。
jこの当りの展開は、後にAARにて指導されました。








敵前哨からの射撃が止み、後退した事にようやく気付けた分隊長は組長を集め、次の指示を出します。
その間、組員以下は残弾の確認、装備の異常の有無を確認し、戻ってきた組長へ報告。
組長はその要約を分隊長へ伝え、分隊長は小隊長へと伝えます。

小隊長からはその後の攻撃要領について細部を分隊長に指示。
分隊長は組長に指示し、再び前進を開始します。











森を抜け、攻撃目標である丘が見える手前で部隊は横隊に展開しました。
いよいよ攻撃開始となります。

以下次回。


アロハ桜保存会へのご寄付、協力ありがとうございます。
引き続きご寄付については2月22日まで受付けております。

また、3月10日の植樹式にご参加、お手伝い下さる方も募集しております。
メッセージ等でご連絡ください。
当日は500円で簡単な昼食をご用意させていただきます。
昼食会は植樹する共楽公園にほど近い、公民館で行います。
来日されるMISのVeteranや、100大隊のご家族と交流するチャンスです!

「アロハ桜保存会」による植樹リエナクトメントの実施について

2018年3月10日に「アロハ桜保存会」としてアロハ桜の意思を継ぎ、戦後の舞鶴に素敵な贈り物を下さったハワイ日系兵士達への感謝を込めて新たな桜の植樹を行います。
植樹時にはリエナクター(歴史再現者)の協力を得て、当時の日系兵士の姿による植樹の再現を行う予定です。

再現植樹に参加される方のレギュレーション(服装規定)について。
以下の規定に沿って、ご自身で軍服等をご用意可能な方のみと致します。
※実物、レプリカの指定はありませんがあまりに実物とかけ離れたレプリカ、及び劣化した実物はお断りする可能性がございます。不安な場合は事前に問合せ下さい。
※服装が準備できなくても、一般参加協力として植樹を行っていただけます。
※軍装で参列される方は必ず事前にメールまたはWebサイト管理人Twitter、FaceBook等で連絡をして下さい。

・1950年初春のアメリカ陸軍、情報部(MIS、CIC等)所属の舞鶴駐屯兵士を再現したいと思います。
※植樹時期は諸説あり、また実際の植樹時の姿は写真等に残っておらず、他の場面での写真やVeteranに聞き取りした範囲から推定し、指定しております。
ご意見や当時の写真等をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非情報提供をお願い致します。
基本ユニフォーム
・1943年型ウールシャツ(通称マスタードシャツ)、またはカーキチノシャツ(1937型代用可)。
・1944年型ウールトラウザース(通称アイクパンツ)、または1943年型ウールトラウザーズ(通称マスタードパンツ)(1937型、1937型改、50年型による代用可。51年型は不可。) 
・OD トラウザースベルト(カーキトラウザースベルト代用可)。
・コットンOD モヘアネクタイ(カーキコットンモヘヤネクタイ代用可)
・ウールギャリソンキャップ又はカーキ・チノギャリソンキャップ(歩兵パイピング、またはパイピング無し、部隊DI着用無し)
・1943年型コンバットブーツ(2バックルブーツ)。
又は1943年型サービスシューズ・タイプⅢ(表革のもの) (1939年型サービスシューズ・タイプ2(表革のもの)による代用可。)
上着
・1944年型ウールODフィールドジャケット(通称44アイクジャケット 45年改良型はok。50年型は不可)
※ディスク型US章を両上襟、歩兵兵科を両下襟に着用。
※部隊章無し、海外派遣章、従軍章等は派手にならない程度で可。勲章は不可。略綬、部隊章は無し。
または、M1943フィールドジャケット(パターンの指定無し)部隊章は無し。

・階級
T3 英語通訳が概ね出来る方
T4 英語での意志疎通がなんとか出来る方
T5 英語に自信の無い方
(上記いずれかをジャケットに必ず着用。シャツは任意。)

・土工具
当時、アメリカ軍で使用された土工具類(年代が違っても形状、材質が同じなら可)ある方はお持ちください。
レギュレーションについては考証の結果、変更が加わる可能性があります。
その他注意事項
・髪型は当時を基準に短髪(耳が出て、襟足が短いもの)、もみ上げは耳の線で整える。
・黒髪(地毛で多少茶色の方は構いませんが、黒染め以外の染め、脱色されている場合は不可です)と致します。
・見える部分にタトゥー、刺青がある場合も不可と致します。(見えない様に工夫は可)
・眼鏡、時計、アクセサリー等で当時に無い形状のもの、似つかわしく無い物については当日外していただく場合がございます。
徽章類についても同様です。
・被服についてレプリカ、実物は問いませんがあまりに実物と離れたレプリカ、または損耗した実物等は使用できません。 
不安な場合は事前に必ずお問合せ下さい。
・当時の植樹作業時に相応しいアイテム等ありましたら、是非準備していただきたいと思いますが、状況に合わせて使用は制限する場合がございます。
・基本的に日系語学兵(技術下士官)のみの募集ですが、白人将校、下士官、兵、日系将校及び1950年頃の民間人男女も募集致します。お問合せ下さい。
・再現写真はWebサイト、SNSでの投稿の他、新聞等のメディアに紹介される可能性があります点、ご留意下さい。
・植樹式には実際にMISで勤務された退役軍人の方が参加されます。

  


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2018年01月17日

2018新年会 レポVol.7

新年会レポートも終盤に近づいてこれました。
2日目朝食後、今回の訓練の仕上げとして想定状況を与えられ、分隊での行動(攻撃)を実施します。







参加者は指導部(想定官、補助官、仮想敵)と訓練班(分隊長、1組長、1組員3名、2組長、2組員2名)に分かれました。



想定された状況と命令が下達されます。






続いて想定小隊長による戦闘指導が行われました。
本来は全員が参加するものではありませんが、教育の為全員で見て、聞いています。








分隊長から1,2組にそれぞれの待機位置と警戒方向が指示されました。各組長は、自分の組にそれを伝え実行させます。
この間にも指導部からは様々な指摘、改善を要する事項が現場で指導されます。




分隊長からの命令下達を終え、各組長はその内容を前進開始時間までに組員達に伝達します。








時間に合わせ、前進を開始。
本来ならば分隊のみで攻撃するような事は無く、中隊や大隊単位で行動する部分ですが、もちろんそこは再現できませんので(いつかやってみたい!)、想定として他の分隊、小隊の行動が伝えられています。

次回へと続きます。
あと2回くらいで終わりですかね?

アロハ桜関連で新着ニュースをいくつか(ツイッター等では既に書いてますが)



1月14日(日)の毎日新聞朝刊、丹波丹後地域版にて「アロハ桜保存会」の活動と3月の植樹式について紹介されました。




ハワイMISベテランズクラブ会長、Enomoto氏がアロハ桜植樹式への参列が決まりました。
これは2012年9月のWW2日系人合同慰霊祭のニュース映像ですが、真ん中にEnomoto氏のインタビューがあります。
※僭越ながら。。。私も結構写ってましたw




  


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2018年01月16日

2018新年会 レポVol.6

まずは御礼を。

アロハ桜保存会による「ハワイ日系二世兵士達の想いを継ぐ。アロハ桜を舞鶴で植樹したい」プロジェクトは、ネクストゴールを含め、その目標金額を達成する事ができました。
皆様のご協力のおかげと、保存会代表の野口を始め一同大変喜び感謝しております。

寄付の受付は2月22日までとなっております。
もしご協力下さる場合は、引き続き可能ですのでよろしくお願いいたします。
https://readyfor.jp/projects/8739alohasakura

ハワイからも応援のメッセージを多数頂いており、ハワイMISベテランズクラブ、及び第100歩兵大隊ベテランズクラブからは3月10日の植樹式当日に参加するためのツアーが計画されています。
我々BCoは式典においてリエナクターとして当時のMIS兵士による植樹再現を実施する予定ですが、まさか「ホンモノ」の目前で行う事になろうとは。。。。緊張します。

さて、間が空いてしまいましたが新年会レポートの第6弾です。





やはり明け方はかなり冷え込みました。
水缶の水も凍っています。
簡易KPでは午前4時頃からフィールドレンジに火を入れて湯を沸かしました。



そして日の出。
2日目も快晴です。
体調不良者は居ませんでした。(安心)












朝食の支給が始まります。
なるべく温かい物を、と気を配って調理、配食しますが気温が低くすぐに冷めてしまいます。
朝食時に同時に昼食のパーティアル・レーションも支給します。
Kレーション同様の携帯レーションで、クラッカーやシリアルバー等の乾き物に肉の缶詰です。




朝食は米軍レーションの中でももっとも有名なメニューの1つ。 鳥の〇〇、等とも呼ばれたパンのミンチ・クリームソース和え、ベジタブルミックス・スクランブルドエッグ(粉末卵使用)、パインアップル、コーヒー。








喫食風景。
やはり兵隊はこのような食事風景が似合います。
テーブルや椅子などは戦地では普通、ありません。
村に駐屯したり民家を接収したりして一時的に使用する事があるのでしょうが、それも長い期間ではないでしょう。
なお野戦テーブルや軍用の椅子などは存在しますが本部等の事務に使用されるもので歩兵の生活の為にはありません。

大きな宿営地になると、MessHallと呼ばれる食堂が開設されます。
そこでは、様々な資材で作られたテーブルや椅子が置かれ、兵士達も大きな屋根の下で食事をする事ができるようになります。
「大きな宿営地」を再現するのは大変ですがw






食後、僅かな時間を使ってテントの周囲で毛布や外套が干されました。
湿気を含んだままでは、夜にまた困る事になります。
可能な限りで兵士は「乾燥させた被服、毛布」を望んだことでしょう。

次回に続きます。





  


Posted by 先任  at 16:16Comments(0)教練会(Training)

2018年01月10日

2018新年会 レポVol.5




新年会レポートを続けます。
夜間斥候の訓練を終え、宿営地に戻ってきた兵士達に「チキンヘカ」と「コメ」が振舞われました。
何度となく書いていますが、チキンヘカは鶏肉を使ったすき焼きのような料理で、今はハワイの郷土料理とも言われています。
発祥は日系人で、本来は醤油と砂糖で味付けするところ、前線では醤油の代わりにコンソメやブイヨンスープが使用されていたそうです。
鶏肉を炒め、現地で入手した野菜(今回はキャベツ、タマネギを使用しました)を入れ、砂糖と濃い目のコンソメスープで煮込みます。

戦地ではそういつも食べれた物では当然無かったでしょうが、遠くイタリアの地で食べた故郷ハワイの味を覚えているVeteranは少なくないようです。








またコメはアメリカ陸軍の支給品目にあったものの、主食としてではなく、いわばポテトサラダのような位置づけだったため、決して多くはありません。
第5軍マーク・クラーク中将や、第34師団チャールズ・ライダー少将は「彼らにコメを食わせろ」とイタリア中のコメをかき集めて第100大隊や第442連隊に送ったと言う話もあります。

また部隊の糧食担当者も、近くの部隊にコメがあると知るとラバにポテトを積んで危険な山を越えて交換に出向いた、とのエピソードもありました。






再現と言っても厳密にはコメの品種も変わっていますし(当時の品種は改良されて絶滅しており、入手は不可能と考えます)、正確な味付けはわかりません。
しかし、以前我々の「ヘカ」の写真を見た第100大隊オリジナルのVeteran、ロバート・サトウさんに「これはヘカだね。懐かしいね」と言われた事から、見た目はかなり似たものになっているとは自負しています。

ヘカとコメの組み合わせは今のBCoの中でも人気が高く、みな「美味しい」と言って食べてくれます。
基本、米軍レーションのほとんどが嫌いな私もヘカは好きですねw

一晩中の移動と、早朝からの設営、そして夜間までの訓練で疲れた身体も心も温まったようです。

その後の夜間の訓練と就寝については写真はありませんが、初日に良く晴れた為深夜の気温は随分と下がったようです。
キャンプ地は標高も高く、かなり冷えましたが全員無事に就寝できました(たぶん)

以下、次回vol.6に続きます。


  


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2018年01月09日

2018新年会 レポVol.4

新年会レポートを続けます。





昼食後、休憩の後午後の訓練を開始します。
午後からは個人の戦闘訓練。各個の動作について学びます。










小銃の持ち方や伏せ方、発進の要領は各国組織または時代によっても変わります。
変わらないのは、それが自然と出来る、むしろその動作でしかできないようになるまで叩き込まれる、と言うことです。
これらの動作はリエナクトにおいても重要な項目の一つで、基本的な動作ができなければどれだけ実物被服や装備で着飾っても、その時代の兵士には見えません。
そしてまた、実際と比較するならばほんの僅かな時間しか取れませんが、その教育を受ける事自体もリエナクトメントなのです。
地味でしんどい訓練ではありますが、それだけに重要と言えると考えます。
ゲストとして見学していたビューカー氏からは
「このような訓練は(アメリカ)本土でもほとんど見ない。君達はとても良く訓練されている。すばらしい」
との言葉を貰いました。
リップサービスもあるとは思いましたが、本人が「リップサービスじゃないよ、本当に良い」とも言ってましたので素直に喜んでおきます。






個人の戦闘動作に続いて、次は分隊での訓練を実施します。
よく言われる「相互前進」ですね。
1組、2組に別れて1組が前進する時には2組が援護する、と言うものです。

号令と復唱、報告、了解を大きな声で伝えながら実際に前進します。










援護組は前進組が前進できるよう、敵方に射撃を加えて援護します。






援護組の射撃を受けて前進組は一気に前進、敵との距離を詰めていきます。
前進組が指示された地点まで前進したら到着を報告し、次は前進組と援護組が入れ替わり後続を前進させます。
たいてい、このブログを見て下さっているような方なら頭の中でイメージは掴めるかと思います。
しかし実際に動作すると、なかなか難しく、思い通りにはいきません。








前進と援護をくり返し訓練し、流れがスムーズになるよう練度を高めていきます。




分隊前進の訓練が終わる頃には日も沈み当りは暗くなっていました。
その中、次は斥候の訓練です。
簡単な座学で斥候と歩哨について学び、実践で訓練をしました。
なお、夜間に入ったので訓練を邪魔しないよう、記録員は撮影をやめました。
斥候の訓練については画像は全然ありません。

以下次回へと続きます。




  


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2018年01月07日

2018新年会 レポVol.3



新年会レポート3段。
初日の昼食です。
メニューボードでメンバーをげんなりさせる事に成功しました。



後方地域での訓練想定ですのでビューグラー(ラッパ手)に配食ラッパを吹かせました。




メニューは10in1を中心とした副食に連隊段列より受領しているパンを組み合わせました。
パン、クラムチャウダー(ニューイングランド風)、ブロッコリー、フルーツカクテル、コーヒー。







今回はあまり大規模にできなかったので、食前にメスキットを消毒する用のバケツを洗いバケツとしても使用しましたが、実際に食前に消毒(洗浄)が必要な者も居ました。。。。皆さん、食器は家でもきちんと洗いましょうw
配食の手際も慣れてきてスムーズにできるようになりましたねぇ。






ゲストであるビューカー氏にも食べていただきました。
「良いメニューだ!」と言って下さって嬉しかったです(美味しい、とは聞いてませんが)




まぁそんなに不味いメニューではなかったとは思います。
皆さん、塩と胡椒の使い方も慣れてきましたね。




昼食後の休憩で記念写真を撮ったり、アホな事やバカな事やって楽しみましたw

以下次回 Vol.4に続きます。
  


Posted by 先任  at 19:00Comments(2)教練会(Training)

2018年01月07日

2018新年会 レポVol.2

朝から七草粥を子供達と食べて無病息災を記念してブログ書いてます管理人です。

今回は新年会レポートの2回目と言うことで初日、午前中の訓練風景です。













まずは基本教練の中でも基本となる徒手教練。
銃を持たずに行う動作の訓練です。
ひつこいくらいに書いてますが、基本教練はその名の通り基本中の基本です。
この動作、と言うより号令に即して行動する事ができなければ軍隊としての再現はできません。
戦場で無意味、と思われがちですがまずは「自身が兵士である」との認識を持たせる上でも重要です。
また「ダルいなぁ。面倒やなぁ」と感じる事自体が立派な追体験、兵士のリエナクトとなります。
余計な事ですが、指導する側も大変面倒くさい教育でもありますw

なお見学していたビューカー氏は「このような基礎トレーニングはとても重要。しかし本土のリエナクターもほとんどができていない。君たちは素晴らしい」と絶賛してくれました。
まぁリップサービスはあるにしろ、ビューラー氏自身も何台もの車両や博物館級のコレクションを所有する方なので、ソフトウェアの重要性も理解されているのだと思います。




訓練の合間の休憩。
時間を決めてメリハリ良く休み、また訓練するのが効率が良いです。
休憩が短くてもしんどいですが、ダラダラと過ごしても身体も冷えますし効果が薄まります。








休憩後は小銃を携行し、執銃教練を行います。
動作はもちろんの事、銃の角度や位置にも気を配っての指導を行いました。
礼式にも使用しますが、これも小銃を扱う基礎的な事項であり、これらができて初めて実戦で使用できる構え方などの訓練に移行できるのです。

Vol.3に続きます。  


Posted by 先任  at 11:47Comments(0)教練会(Training)

2018年01月05日

2018新年会 レポVol.1

2018年、明けましておめでとうございます。
今年もBCo/100Bn及び管理人「先任」をよろしくお願いいたします。



さて、新年と言うことで本年も恒例の「BCo新年会」を開催いたしました。
参加者は11名+記録員1、ゲスト1の13名。
正月も早々からよくこれだけ集まったものですw




今回はかなり早くからフィールドイン出来ましたので、スムーズに設営も進みました。
まずは簡易KP(調理場)及び教場(教室みたいなもの)としてラージウォールテントを建てます。
MVM、MVGに続いて3回目のラージウォールでしたが要領に慣れた人も居てスムーズに建ちました。
※何より木製ペグが打ち込める地面のおかげか。



ラ-ジウォールが建ったら、中にフィールドレンジを設置する為の整地を行います。
水平をきちんと取って設置しなければ、ガソリンバーナーは危険なのでしっかりと掘ります。






ラージウォールテントが建ったら、次は個人テントです。
今回は正規の2人1組ではなく、冬場での暖かい(ほんんっとに程度問題ですがw)組み方として、4人分1組で連結して立てます。
旧型のシェルターハーフテントは片側が閉じれない構造ですので、このような立て方もありました。







テントが建ったら寝床の準備。
例年ながら天気が良ければ夜半に気温がぐっと下がるのが常。
枯れ草、落ち葉で保温します。
これら「生活の知恵」の体得もまた、リエナクトメントの意義と言えるでしょう。
さらに「生活の知恵」は毛布の身体への巻き込み方、面倒でも中に入ったらかならず内側からボタンを閉める等色々とありますが、これらは現用品や当時の歩兵が持ち運ぶものとして有り得ないような物を使用していては体験できないものです。
せっかく「野営」しているのならば、当時の再現、体験としてこそと私は思います。
それでないなら車で寝袋使うのも変わらないですからねw



そうこうしていると、1人のアメリカ人がやってきました。
ビューカー氏はウィスコンシン在住のかなりのコレクターで、U.S.ポスタルやARC等のリエナクトメントを40年しているそうです。
親父さんは1937年生まれでSignalCorpsのリエナクターだそうですw

実は1ヶ月以上前からビューカー氏からはFBで連絡を貰っておりました。
いわく「嫁が日本人で、日本に里帰りする。仲間から日本に行くなら是非とも「あの連中を見て来い」と言われた。なのでキャンプに行きたい」との事。






ビューカー氏は今回ARCのフィールドディレクターとして来られており(おそらく、非武装で可能なため)、「慰問品」を多数持ってこられていました。
「慰問品」はPXで販売されているような商品のラベル、本等多岐に渡りましたがその全部がオリジナルと言う豪華さ。。。
本当にありがとうございました。

と言うことで、訓練を開始します。
以下次回。



  


Posted by 先任  at 13:43Comments(0)教練会(Training)

2017年01月14日

2017年BCo新年会 リエナクトメント「訓練」 Vol.5(終了)

新年会レポートを続けます。今回の第5回で一応の終了です。

引続き2日目の訓練風景です。
歩兵としての基礎である戦闘時の動作について訓練しています。













伏せ→前進の要領がわかってきたら、次は分隊の前進に不可欠な組毎の前進要領を訓練します。
2組に別れ、片方が前進組ならば残りは支援組になります。
前進組の前進準備が完了したならば支援組は援護射撃を開始、その射撃間に前進組は前進し、伏せて支援組になります。支援組は前進組の前進完了(到達)で援護射撃を止め、次は自分達が前進組となって前進する準備を為します。
その繰り返しで分隊は前進します。








糧食計画を確認しながら昼食の準備を始めるKP。
タイプライターフォントを使ってそれっぽくなりましたが、小文字使っちゃダメですねw 次回から大文字で作ります。








訓練を終えて野営地へと帰還する歩兵分隊。
なお、今回は装備被服がバラバラで統制されていないように見えるかと思います。
それは今回の想定が1944年秋フランス戦線へ移動直後の第100歩兵大隊であり、当時の記録を見る限り(加えてVeteranの証言より)実際にバラバラだったからです。
この時の被服装備はそのままブリエア解放、テキサス大隊救出まで継続しているので比較的写真も多く残っています。
それらから推察すると、特に以下の点が認められます。
・ジャケットはODFJ(通称M41)が多いもののM1943FJも多く確認できる。
・背嚢は旧来のハバーサックが主流だがM1942パック(別名ジャングルパック)の使用もちょこちょこ見える。・
・靴はバックル一体型のコンバットブーツ(通称2バックルブーツ)の割合がかなり多い。
・上記3点の組み合わせもバラバラに近い、例 ジャケットが新型で背嚢は旧型、エンピは新型、靴は旧型等
・師団章、連隊章などの部隊章は終戦まで一切使用してませんし、またヘルメット後方の下士官、将校識別章も書いていません。












野営地に戻ると配食ラッパ(MessCall)が鳴り響き、食事となりました。
メニューはポーク&ビーンズ(ホット)、パン、桃、オニオンスープ。











以上がBCo/100Bnの新年会レポートでした。
今回は初参加の方も何人か居られましたが、いかがだったでしょうか?
「また参加する」と言っていたのがリップサービスでなければ良いのですがw

リエナクトメントグループBCo/100Bnはチームではなくグループです。
固定のメンバーと言う物は存在せず、その時々で主旨に賛同に行動を共にする事に同意して集まった方々が「BCo」と言う考え方です。
なので、一度参加したからと言って、以降の他イベントなどで日系部隊での参加を義務付けたりするのもではありません。
ドイツ軍であっても日本軍であっても、またアメリカ陸軍でも次回は空挺で参加、とかでも構わないのです。
※とあるイベントではBCoが8人程集まっていたにも関わらず、グループ代表者がドイツ軍で参加している、なんて事もありました。
なので、そのイベントに合わせ好きな格好。陣営で楽しんでいただければと思います。

それでは、本年もよろしくお願いいたします。



http://www.eonet.ne.jp/~kfir/

  


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2017年01月12日

2017年BCo新年会 リエナクトメント「訓練」 Vol.4

BCo新年会レポ4です。

2日目の訓練について書いて行きます。



朝食後、訓練開始までの僅かな時間にも兵士は休みます。
と、言う雰囲気の写真ではなく、本当に疲れて寝ていますw






本来は4つ並べる洗浄ラインのバケツですが、今回は省略し洗剤入りの洗いバケツのみ専用ヒーターで湯を沸かしました。
洗って濯いだ食器は自然乾燥です。














2日目の訓練を開始。
昨日のおさらいを軽く実施した後、訓練に入ります。
今日は戦闘中の動作について。

まずは前進の訓練です。
はい。「アホか?」って思われるかもしれません。
まっすぐ前進するのって、実は難しいのです。 野外でははっきりした目標物が無ければ人間はなかなかまっすぐ歩けません。

更に分隊で行動する歩兵の常、バディや隊伍に合わせて一定の距離、間隔で前進するともなれば、これはなかなかに難しいのです。ともすれば人は他人に近づく習性がありますし、楽な道を自然に選んで歩いてしまします。
しかしそれでは歩兵分隊の行動にはなりません。
訓練も座学も無しで実施した場合はただ固まって歩く集団となってしまい、機関銃なら一掃、砲弾なら木っ端微塵でしょう。










前進の難しさを体験し、実感してもらうと次は戦闘中の個人動作を行います。
簡単に言うと「伏せ」→「前進」→「伏せ」の繰り返しです。
言うのは簡単ですが、やるのは簡単ではありません。
複雑な地形、状況などに合わせかつ味方の支援との間で前進しなければならない事を念頭におきつつ、基本に忠実な正しい動作をまず身につけます。
どうも「仕事の癖」が出てしまう場合が多いですがw


vol.5に続きます。

  


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2017年01月10日

2017年BCo新年会 リエナクトメント「訓練」 Vol.3

BCo新年会レポ3です。

基本教練に続き休憩を挟んで個人の戦闘動作について学びます。









WW2期のアメリカ軍の伏せ方は小銃の銃床を使い、両膝と3点で地面に設置する独特の方法で、スムーズに行うには少し訓練とコツが必要です。
また、伏せる時はそのまま射撃姿勢を取る場合と、伏せて銃砲撃から身を守る場合があります。

アメリカ軍の基本的な戦闘中の小銃保持は「PortArms=控え銃」と呼ばれる胸の前で両手で銃を保持する方法です。
これは速やかに伏せ、もしくは射撃姿勢ならびに銃剣格闘に移行できる態勢であり、きちんとした持ち方をすれば重い小銃も長時間保持可能な理にかなったやり方と言えるでしょう。
なお当時は銃口(安全)管理を上向で統制されており、最近よく見かける銃口を下に向けるやり方は通常行いません。
ハリウッド映画等でも下向きに銃を持つ兵士が居ますが、おそらくは現代の軍隊で教育を受けるからでしょう。
余談ですが1960年代、つまりベトナム戦争の頃も銃口管理は上向きです。










訓練を終え、夕食はポークチョップ、パン、茹で野菜、パイン、マッシュルームスープでした。


翌朝。



充分マイナス気温なんで、洗浄バケツの水もカチンコチンです。












そんな中で朝食準備。
粉末卵を水で溶いてスクランブルドエッグを作ります。ミックスベジタブル入り。
スパムも焼きました。
そう言えば、一度は2日間ずっとスパムってメニューもしてみたいなw











シリアル、スパム、スクランブルドエッグ、エヴァミルク、コーヒー、砂糖と言うメニューの朝食でした。

vol.4に続きます。









  


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2017年01月09日

2017年BCo新年会 リエナクトメント「訓練」 Vol.2

2017年 BCo新年会レポートその2

昼食が終わり、午後から訓練を開始しました。







今回は初参加の方も居り、また新年と言うことで基本に立ち返り、BasicTraining基本教練から実施しました。
徒手の動作はすべての基本になります。
まずこれができなければ兵隊らしい動作はできません。
また、号令によって行動する軍隊の基本でもあります。
リエナクト=再現においては、動作だけでなく兵士の気持ちに近づく第1歩となるこれらの訓練はとても重要です。












当たり前のような敬礼の訓練。
訓練する程の事か? と思われるかもしれませんが、意外ときちんと敬礼できる方って少ないです。
別に馬鹿にする意図はまったくありませんが、イベントや写真等で敬礼している姿を見ることは少なくありませんが、手の位置、角度、肘、肩、正規の敬礼ができている例を見ることはほとんどありません。
「前線の兵士は形式は崩して行う」と言うご意見もあるでしょうし、もっともでその通りです。
しかしながら「崩す」と言うのはあくまで正規ができるからこそ「崩せる」のであって、最初から崩している場合はとても不恰好な敬礼になる事も少なくありません。
また、普段礼式なんか馬鹿にし切ってるような、大変な古参兵であっても時と場合によって正規通りの敬礼をきちんとできますし、するのが普通です。






休憩を挟んで後段は執銃です。
執銃時における停止間の動作に始まり、各携行要領やその転換を学びました。
何度か書いてますがこれら小銃携行要領、保持要領もまた大変重要です。
兵士達にとって基本動作は何もまだ知らない、プレーンな時期に徹底して繰り返し実施される項目です。
小銃を扱う時のすべての基本になる動作になります。
リエナクトにとっては普段の小銃の携行、保持要領に癖が出る部分で日本国内に限らず世界で見ても、映画で見てもWW2当時の持ち方をしていない場合が多く見られます。
もちろん当時もすべての兵士があらゆる状況で同じ持ち方をしていたわけではありませんが、その軍隊と時代の特色の大きく出る部分です。 標準的な持ち方が自然とできるよう訓練した上で、場面に合わせたポーズにするとよりらしさ、雰囲気が出るのではないでしょうか?
これらも実物徽章や出来の良い高級レプリカと違って、お金をかけずにリアルな見た目を追求できる近道です。
我々が基本教練を行う目的とは違いましが、このような意味でも良いと思いますよ。
















vol.3へ続きます。
  


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2017年01月09日

2017年BCo新年会 リエナクトメント「訓練」 Vol.1

皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年も当ブログとBCo/100Bnをよろしくお願い致します。



さて、1月2~3日で御殿場市某所にて恒例の新年会を実施致しました。
今回から数回にわたって内容を写真を中心に紹介していきます。

想定等については以前のブログを参照下さい。
http://kfir.militaryblog.jp/e818716.html



今回は1944年秋に南フランスへ上陸し、36師団配属前の第100大隊と言うことで、補充兵を加え基礎訓練を行う想定をベースに実施致しました。











まずホームベースとなる大天幕を建てます。
M1934ピラミダルテント( TENT, FIRE-RESISTANT, PYRAMIDAL, M-1934, OLIVE DRAB, Stock No. 24-T-320)は、1個分隊(開発当時は8人分隊)を収容し野営が可能なテントでしたが、WW2期の12名編成の歩兵分隊においても10人まで詰め込んで使用されました。
特に後方地域や国内での使用が主で、前線では幕営天幕としては普通使用されていません。
今回は後方地域の訓練中との想定で使用しました。









ピラミダルテントの中には折畳み式ベッドを配置します。
また冬場の為、ストーブも設置致しました。
ストーブは石炭コークスや薪を燃料とします。
※他にガソリン燃焼ユニットも存在し、当グループでも所有しています。







スモールウォールテント(TENT, FIRE-RESISTANT, WALL, SMALL, OLIVE-DRAB, Stock No. 24-T-323)は将校用としての使用の他、事務室や救護所等に使用されていましたが、今回はKP(糧食班)テントとして建てました。
コンパクトなテントのため、KP作業には向いていませんが、参加人数の問題で他に大きな天幕を展開することが困難な為の代用です。










設営は終了した所でKPは昼食の準備を開始します。
調理火力は大戦中はM1937フィールドレンジが使用されていましたが、まだ保有していないためM1957レンジで代用しています(トップカバーやバーナーの構造等に違いがありますが、運用法としてあまり変わりません。














初日の昼食はサンドイッチとコーヒーでした。
食パンでピーナッツクリーム、チーズ、レタスを挟みます。
コーヒ-には砂糖、ミルクを追加できます。
当時から角砂糖が使用されており、個人携帯用のレーションにも入ってました。
ミルクはエヴァミルクと呼ばれる無糖練乳の缶詰です。










次回へ続きます。









  


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2016年08月09日

リエナクト CampMcCoy 基礎訓練 Vol.4 「COMBAT11」 最終項

御殿場COMBAT参加レポート最終回です。




M2 60mm迫撃砲の操法訓練を実施しました。




















M2 60mm MORTAR 概要

M2 60mm 迫撃砲は、中距離迫撃砲であるM1 81mm迫撃砲と手榴弾との間隙を埋めるために開発された近距離迫撃砲でした。
この迫撃砲はM1 81mm迫撃砲の様に分解搬送する必要が無く、一人で運搬出来る軽迫撃砲であり緊急時は砲身だけでも射撃が可能でした。 また直接照準、間接照準が可能です。
搬送時はM4コリメーター照準器を取り外し、分隊長が携行し、射撃展開時に照準器を取り付けるだけで、設置が容易で迅速な射撃支援が可能でした。


編成・運用

中隊の重火器小隊に3門が配備され、3個の小銃小隊を支援しました。
作戦計画に基づき中隊長の采配により運用され、各小隊に配属し分隊で支援する、
もしくは小隊として中隊全般を支援しました。
重火器小隊の中の迫撃砲班として編成され、3個分隊を編成しています。
1個分隊は5名編成となり分隊長、砲手、副砲手、2名の弾薬手で編成されています。


諸元                性能
口径 60mm(2.36in)       仰角  +40゚~85゚
重量 19.5kg(42lb)       旋回角  7゚
(ベースプレート 12.8lb)    発射速度  18発/分
(バイポット 16.4lb)       最大発射速度 30~35発/分
(チューブ 12.8lb)        初速  158m/秒(518ft/s)
砲身長 726mm(2ft5in)    
最大射程  1815m(1985yrd)
最小射程 (about100yrd)
最大有効射程 (about1000yrd)

Ammunition



M29 TP(訓練弾)          M49A2 HE(榴弾)
重量  2.01kg(4.43lb)      重量   1.38kg(3.05lb)
                   射距離  1800m(1969yrd)
                    殺傷半径 17yrd

M302 WP(白燐発煙弾)         M83 ILL(照明弾)
重量  1.86kg(4.10lb)         重量    kg (3.5lb)
射距離 35~1830m(38-2001yrd)  射距離 725~950m(793-1039yrd)
                     照射距離 300m (984ft)
                     光度 11000cd
                     燃焼時間 25秒

迫撃砲弾薬は木製弾薬箱にファイバー(紙筒)製の円筒形コンテナに封入され、
6発が梱包されていました。


構造(M49A2 HE)




弾薬は信管部、弾体、翼部より構成されています。

信管部
M525瞬発式信管
安全ピンを抜き活性化させる。
発射した慣性により撃針が撃発位置にセットされ、着弾の衝撃により点火薬が発火する。

弾体
鋳造製の金属弾体であり、中にはTNTが充填されている。
外装にはリングがあり、発射の膨張によりリングが砲口に密着し、発射ガスを安定させる。

翼部
翼と翼との間には、推進薬である装薬の小袋が一つずつ取り付けられており、射距離に応じて装薬を取り払う。
翼底部にある雷菅が自重により、砲身低部の撃針に当り雷菅が発火。翼筒の穴から装薬に着火し、装薬の燃焼ガスにより砲弾を推進させる。












2日目の昼食はパン、ハッシュドビーフ、パインアップル、アップルジュースでした。



以上で御殿場COMBAT11参加レポートを終わります。


迫撃砲に関しては、サイトのコンテンツにそのうち上げようと思います。

  


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2016年08月02日

リエナクト CampMcCoy 基礎訓練 Vol.3 「COMBAT11」

御殿場 COMBAT11参加レポートの3回目です。











2日目の朝食はオートミール(ミルク煮)、ハム、ピクルス、フルーツカクテル、コーヒーでした。
アメリカ人の食事にゲンナリするハワイ日系人兵士達の気持ちを味わっていただけたかと思いますw

食事が終わったら運動の時間です。










































小規模な戦闘訓練を実施。

個人の伏せ、発進を繰り返し、更に組での前進、分隊での前進へと発展させていきます。
これらの基礎は、大変面倒でキツいので誰もがやりたがらない科目ではありますが、実際の兵士にとっても再現にとっても大変重要です。
軍隊、特に歩兵ではこれらの基礎訓練はみっちりと時間をかけて行われ、誰もが無意識のうちに行動ができるようになるまで叩き込まれることでしょう。
我々も趣味である以上、限界はありますがその限界の中で少しでも再現を行う為、また兵士達の味わった苦労をホンの少しでも体感するために実施しています。

なお、交戦距離や使用する火器があまりに違いますので「サバゲ」に向いた運動ではありません、念のため。
また、これらの諸動作、特に個人の姿勢や発進、伏せの要領は国や時代によって大きく変化します。
再現するそれぞれの国の教範や動画などを参考に研究する必要があるでしょう。
しかしながらWW2頃の話と限定すると、部隊としての歩兵の行動は大きな違いはないようです。





訓練終了後はAAR(AfterActionReview)を行い、良い点、悪い点などを洗い出して次回の訓練へとつなげます。
なお、これらの訓練時はハバーサックがペッタンこですが、これはアメリカ陸軍の歩兵にとってサスペンダー代わりとして使用している為です。
行軍や実戦での配備となると中にレーションや洗面具、予備の下着等を携行します。
ちなみにサスペンダー代わり、と書きましたが通常、歩兵はM1936サスペンダーは使用しません。
M1936サスペンダーはM1936ミュゼットバッグ用の背負い具として支給されているからです。


次回、最終回レポートへと続きます。
  


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2016年07月24日

リエナクト CampMcCoy 基礎訓練 Vol.2 「COMBAT11」

御殿場SVGNETさん主催のCOMBAT11に参加し、基礎訓練を実施しました。
レポートその2です。









2日目は前日と打って変わった晴天。
屋外での訓練を実施しました。








小銃装備時の基本動作を訓練します。
これらは本来、長い時間をかけてしっかり訓練を重ね、身体に刻み込むまで行います。
その中で身につく小銃保持要領は戦闘時や行軍時等の姿勢にも影響し、それが疲労の蓄積にも繋がるのです。
決して、儀式的なものの為だけではありません。
加えて銃向の安全管理もあります。
(WW2時は銃向が上を向く体勢を取る国が多く、現代の下向き姿勢とは異なりますね)

また、戦闘時の小銃保持要領は国、時代、銃ごとに異なり、それはそのまま当時の特徴へもつながります。
サバイバルゲーム等では好きな持ち方をするのが自由で当然ですが、少しでもリアルな姿を目指したい方にはオススメしています。 実物徽章や軍服よりも遥かに「リアル」に見えますよ タダでw














続けて射撃姿勢の訓練を実施。
WW2当時の基本射撃姿勢の1つである膝撃ち姿勢です。
大きく分けて伏撃ち、膝撃ち、立撃ちの3種がありますが、射撃の精度もこの順番となります。
もちろん実戦においては常にこれらの姿勢が取れるわけではなく、地形地物等に合わせた姿勢となりますが、それもこれらの基本姿勢からのアレンジとなります。
なお、WW2当時の主要各国では人差し指を伸ばすセーフティフィンガーはあまり行われておりません。
ちょっと根拠が見つからなくて済みませんが、アメリカ軍の場合は70年代頃から導入しているように思っています。












伏撃ち、立撃ち姿勢の訓練も行いました。
なお、状況によりけりではありますが、立撃ちは通常推奨はされていません。
移動(歩行、ラッシュ)時の射撃については行われません(命中しないばかりか誤射を産む為)


と、書きましたが今回は記述に間違いも多いかと自分で思っています。
良ければ是非ご指摘下さい。


次回に続きます。

  


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2016年07月15日

リエナクト CampMcCoy 基礎訓練 Vol.1 「COMBAT11」

御殿場SVGNET様主催のWW2イベント「COMBAT11」にて、BCoは国内での訓練を想定し、基礎訓練を実施しました。

想定は1942年夏のCampMcCoy(Wisconsin)です。

今回はメンバーの状況に合わせ、やや緩めの装備規定としましたので一部の装備に当時一般的に使用されていなかったものも使用されています。



1942年当時のアメリカ陸軍の国内における訓練部隊では旧式の装備、被服が多く使用されていました。
写真のブラウンデニム服、ブルーデニム服、当時最新式の1StパターンHBT。
これらは当時、同じ部隊内でも混在して使用されていたようです。
これは日系第100大隊においても他の白人の部隊においても同様でした。






CampMcCoyにおいては、本来は木造の兵舎が使用される所、急な戦力増強の影響もあってM1934ピラミダルテントが兵舎として使用されていました。
日系第100大隊の兵士の中には、これも差別と考えた者もいたようですが、他のCampの白人部隊でも同様だったようです。





戦前、1個分隊の宿営用だったピラミダルテントは8人用でしたが、戦中に分隊の編成が12人になった為、ベッドを10台設置するようになりました。
今回は参加者が7名だったため、やや空間に空きがあります。
本来、ベッドの周囲は寝具などをきちんと並べ、整理整頓しなければなりません。
ちょっと片付けてないのでみっともないですね(反省)



水嚢(戦後型)を設置。
水嚢はその構造から、汚れや異物を取り除く浄化装置としての役割もあります。
通常は後方から浄化された水が運ばれますが、前線で川等から汲んだ時用の薬品による水質検査や浄化方法もマニュアルに示されています。






メスエリアには食器の洗浄ラインが構築され、写真の大型バケツとイミュレーションヒーターと呼ばれる湯沸しストーブが設置されます。
洗浄ラインには4個のバケツが設置され1つ目は残飯入れ、2つ目は洗剤入りの熱湯でブラシを使用して食器を洗います。
3つ目の熱湯で洗剤をすすぎ、4つ目の熱湯で2度目のすすぎと、消毒を兼ねていました。

なお、本来は配食ラインにも熱湯バケツが置かれてあり、食事を受け取る前に煮沸消毒するようになっていました。




初日の昼食は簡易な特別メニューとしてホットドッグを支給。
ソーセージを酢漬けキャベツを挟んだだけのシンプルなものです。


その後、悪天候もあって座学を中心に訓練を実施(写真無し)
訓練の合間に増加食としてドーナツとコーヒーを支給しました。


以下次回。






  


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2015年01月18日

BCo新年会2015 Vol,11 ラスト



新年会レポート 最終項です。




戦闘訓練を終え、すぐにAAR(事後研究会)をその場で実施。
鉄は熱いうちに、と言いますがまさにそうで、各人の反省点や訓練上の問題点、もちろん良かった点などを評価して次回への糧とします。






AAR後、部隊は宿営地へと移動。












宿営地へと帰還し、KPから特別支給のコーラで労をねぎらいます。

これで新年会の項目はすべて終了です。








宿営地を撤収。
昨日学んだことが早速活かされます。
ただの片付けですが、最初から現代品等を持ち込んでないので絵になりますね。

以上で新年会のレポートを終わります。

  


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