2024年03月12日

2024年耐寒私物演習 Vol.4

2024年耐寒私物演習 Vol.4
ツイプラで募集のあった「耐寒私物演習」に参加してきました。
レポートその4です。











朝を迎えました。
0430時に全員を起こし、体調等を確認した後に装具を整えて0500より再度森へ入りました。
未経験者に黎明を体験して貰う為でもあります。
写真は完全い世が明けてからの物です。
全てが凍り付いてました。




朝食を摂ります。
相変わらずのKレーションです。 さすがに3食目なんで本気で飽きてくるかと思えば、状況が状況だけに食えるだけ美味しいしありがたく感じました。






朝食後、小銃が凍りついて泥も付着していたので清掃します。
本来ならば朝食前にやるべき事でしたね。






















訓練科目として分隊での戦闘訓練を実施。
ドイツ軍、アメリカ軍合同で相互躍進、組前進を狭いスペースだったので距離をディフォルメしつつ行いました。
戦闘時の本当に基礎的な行動ではありますが、繰り返し訓練しなければなかなか実際の場面でも行動できるようにはなりません。
リエナクトメントで戦闘を再現するのであれば、これらの行動-訓練は必須であると私は考えています。
前日に行った各個での訓練、射撃姿勢や伏せ、発進要領。
そして2名ないし3名1組で実施する相互躍進、さらに組での前進、それらが充分機能できるようになって、初めて分隊での行動が可能になると思います。
もちろん分隊での行動が出来るようにならないと、小隊での戦闘は成り立ちません。
国内のイベントですと、おそらく中隊規模のイベントが目指せる最大人数かと思います。
中隊での戦闘を行うのであれば、小隊での行動がもちろん必須になるでしょうから、それに備えてこのような訓練を継続して行きたいと思います。

次回へ続きます。




今回の演習ではカメラマンとして酒樽蔵之介氏に撮影をして頂きました。
極寒の酷い環境の中、ご協力に心から感謝致します。


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そして、野上武士先生による素晴らしい同作品のコミカライズも始まっております!

こちらも是非どうぞ!!

  


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2024年03月09日

2024年耐寒私物演習 Vol.3

ツイプラで募集のあった「耐寒私物演習」に参加してきました。
レポートその3です。



壕を掘りつつ、警戒しつつ。
小隊長より斥候の命令が下りました。

分隊長は斥候を選定し、集合をかけます。



昼間斥候に際し、現在までに得られた敵の情報を始め、斥候で確認すべき項目、時間等について指示を受けます。














最低限の装備で斥候へ出発。
敵の前縁へ近付き、敵情を探ります。
途中、敵に発見され即座に逃げ戻りました。 再度態勢を立て直し、別の経路から近接。
発見され、射撃を受けて撤退。

私の方は射撃を受けていたので、ペアの方が分隊長へ斥候結果を報告。






その後は退避壕の構築に戻り、完成させました。




斥候に出てる間に装具にかけておいたレインコートは完全に雪に覆われていました。
レインコートをかけておいたので、背嚢その他装具は無事でしたが。

分隊長から途中まで掘られていた歩哨壕の構築を命ぜられ、また掘る。
日没後、暗くなるまで掘って、そこからは歩哨として立直。

すっかり暗くなったころに、分隊員から2名が夜間斥候へ出て行きました。

21時頃まで歩哨に立っていましたが、天候が回復せずこれ以上状況を継続するのは危険との主催判断により、状況が中止されました。

以後、夜間は安全地域で暖を取って明け方まで過ごしました。

次回へ続きます。

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極寒の酷い環境の中、ご協力に心から感謝致します。


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2024年03月08日

2024年耐寒私物演習 Vol.2

ツイプラで募集のあった「耐寒私物演習」に参加してきました。
レポートその2です。





装具を一度組んで身に着けた後、重い装備を下ろして基礎訓練を実施しました。

今回は主に戦場での銃の扱い。
保持要領や射撃時の姿勢について訓練を行いました。










伏せ撃ちの姿勢から、更に発進と伏せの演練を実施。
これらの個人戦闘動作は何度でも繰り返し実施することで練度も上がり、より「兵士らしい」行動ができるようになります。
またこれらは当時の兵士としての体感はもちろんですが、被服や装備に対する汚れ方や損耗もよりリアルに近くなります。






基礎訓練終了後、休憩を挟んでから再度装備を身に着け、林間へと入ります。

ここでドイツ軍とアメリカ軍は別れ、それぞれに防御するためのラインを定め、陣地選定に移ります。
警戒の為の歩哨壕、そして砲弾に対する退避壕。












合間に昼食を取ります。












掘ります。
警戒に1名兵士を立てつつ、歩哨壕を構築。
更に後方に退避壕を掘ります。

掘ると言う行為は全身を使い、またなかなか思うように進まない重労働です。
慣れてない、エントレンチングツールの使い方を知らないと、本当に大変です。
慣れていて、工具の使い方を知っていてもキツい作業です。

掘り方のコツそしては色々あるのですが、文字に起こすのが面倒なので直接お会いした時(できれば実際に掘る時)に聞いて下さい。

それを知ったからと言って、劇的に穴掘りが上達する事もたぶん無いと思います。
穴掘りが上手になる一番の近道は。。。 実際に、何度も繰り返し掘って下さい。

Vol.3に続きます。

今回の演習ではカメラマンとして酒樽蔵之介氏に撮影をして頂きました。
極寒の酷い環境の中、ご協力に心から感謝致します。


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2024年03月07日

2024年耐寒私物演習 Vol.1

ツイプラで募集があった「耐寒私物演習」に参加してきました。

いや、ほんと私は「参加者」なのです。 今回はマジでw




2024年3月2日 京都府某所にて。

「耐寒私物演習」とは、寒い日に公の組織ではない個人主導で休日に行う訓練の呼称であり、我々の周囲では
2008年2月に三重県で初めて実施されました。

それから16年が経ちましたが、やってる事はさほど変わりません。
何故なら、歩兵の行動と言う基本を繰り替えし実施しているからです。












今回のイベントでは、ドイツ軍とアメリカ軍双方に募集があり、それぞれレギュレーションを遵守する参加者が集いました。
大きな人数ではないため、主催者も一緒に状況に入りながら指揮と統裁を兼ねます。
これはとても大変な事なのですが、今回の主催者(ドイツ軍少尉)は見事にこなしていました。
また共同主催である、アメリカ軍Sgt.も厳しい環境の中で、イベントをコントロールしつつ分隊を指揮しつつで本当に大変やったかと思います。
「あぁ、自分が主催でないイベントってなんて最高なんやろう!」

折しも春と言うのに天候は悪化。
ちらつく程度だったはずの雪はしんしんと降りつもり、あらゆる物を白く包んでいきました。






両軍の参加者は雪の中、自らの装具を並べて点検し、過不足が無いかを確認。






翌日までの糧食を受領。
再現Kレーションは、これ1箱で1食分であり3食も支給されたので24時間は戦えるはずです。






ドイツ軍側も糧食を受領。
Kレーションを参考にしたと言われる「突撃レーション」です。








糧食を背嚢に入れ、装備を全て身に着けます。
総重量は現代戦の兵士達に比べれば軽いと言えると思います(たぶん)
しかし、コットンや革の装備は重量以上に身体の自由を奪います。
今回は更にコットンが濡れて凍った事により、本当に使いづらい事を体験しました。
これぞ「本だけからは得られない知見」ですね。 良い経験ができました。





今回の演習ではカメラマンとして酒樽蔵之介氏に撮影をして頂きました。
極寒の酷い環境の中、ご協力に心から感謝致します。  


Posted by 先任  at 22:04Comments(0)リエナクト

2023年06月03日

MVG2023 in ASAMA WW2アメリカ陸軍機関銃陣地

4年ぶりに日本最大の野外ミリタリーイベント「MVG2023」に参加してきました。

BCoとしての参加規程、並びに今回構築した機関銃陣地については前回の記事をご参照下さい。



今回の想定は1944年6月のイタリア戦線 ヴェルベデーレ近郊
部隊は1stMGpt/DCo/及びWpPt/BCo/100Bn/442RCTです。






完全なリエナクトメントではなく、野外展示を目的としM-1917水冷機関銃(D中隊第1機関銃小隊第1機関銃セクション第1機関銃分隊)と、M-1919A4機関銃(B中隊火器小隊機関銃セクション第1機関銃分隊)で実施いたしました。



開会式は水冷機関銃班の完全装備で整列。








宿営は他参加者との交流も目的として、大天幕(M-1934ピラミダルテント)による管理野営としました。
昼間は構築でほとんど留守にしていましたが、夜間は本当に多くの方々にご来訪いただき、楽しい時間を過ごす事ができました。また様々な差し入れもいただき、感謝いたします。

なお、食事については10in1レーション及びKレーションで期間中の4食を支給しました。







初日昼食 10in1レーションのPartialDinner。








初日夕食 10in1レーション Supper。












2日目朝食 10in1レーション BreakFirst





今回初めて10in1レーション用のベーコン缶とほうれん草缶を作りました。
ベーコン缶の再現度はかなりのものだったと自負いたしますw
ほうれん草缶は、出来上がりでかなり分量が圧縮されて少なくなったので次回への課題とします。
前日のPartialレーションに入っていた粉末ブイヨンスープを水で溶いて「ショウユ」も作ってみました。
これは実際に当時の日系兵士も戦場でやっていたという証言があります。
缶詰ほうれん草にかけて、美味しくいただきました。








2日目 昼食 Kレーション。
この5月、初頭にHGG、中旬んに二次さば、下旬にMVGと隔週でイベントに参加してきましたが、隔週ごとの1ヶ月に3回(6食)Kレーションと言うのもなかなかに得難い経験でした。
(作るのも食うのも飽きた!ww)




陣地構築は、場所の選定に続き経始から。
メジャー等を持ち歩いてはいませんので、目安になる物をなんでも利用して掘る長さ、幅を確認します。






地表を雑草の根ごと起こし、脇に避けて積み上げておきます。
これは、構築後に擬装に利用できます。








あとはひたすら掘ります。
今回構築する機関銃陣地は、壕内で立ったまま射撃ができる穴が必要で、かなりの深さ(約1.3m)が必要です。
また機関銃を設置する台座も、三脚の高さを考慮し、地表から下げつつ射撃可能な深さに調整します。
全体的にはコの字型となり、射手の他弾薬手や指揮者が入って戦闘可能なように構築します。
※作業に忙しく、構築中の写真があまりありません。。。
















M-1919A4機関銃陣地













M-1917機関銃陣地









完成後は訪れた見学者を案内したり、実際に壕に入って体験していただいたり。
通りすがりのドイツ軍車両を射撃(爆竹による)したりしていました。

MVGは二次戦だけでなく、様々な時代、陣営の皆様が参加されています。
今回、ご紹介する写真などがなく、また一部だけですが以下のような方々の参加がありました。
・1970年代スイス軍 ・WW2頃?フィンランド軍 ・ノモンハン事変ソビエト赤軍vs日本陸軍
・昭和自衛隊 ・1980年代アメリカ陸軍 ・1950年アメリカ海兵隊 ・2010年頃、米軍指揮所天幕 ・WW2ドイツ軍通信所
2000年代?ドイツ連邦軍、1970年代?東ドイツ軍 etcetc・・・
※済みません、自分達の事に忙しく、今回は会場をほとんど回れませんでした。。

またMVGの目玉である車両郡も、各時代のJEEPや、ドイツ軍のシュビムワーゲン、キューベルワーゲン、各国サイドカー、フルスクラッチのドイツ連邦軍ヴィーゼル装甲車、アメリカ軍M-113装甲車、ドイツIII号戦車、WLAなどなど
それらが会場内を走り回る姿は素晴らしい光景でした。
ショップさんも主催であるサムズミリタリ屋様を始め、PKミリタリア様、リエナクターギア様、赤城兵団様などが軒を連ねて出店。 Vショー等では持ち込めない大型の商品が置いてあったりも。

Twitterをされてる方は是非 #MVG2023 のハッシュタグでご検索下さい。
本当に楽しいイベントの様子が伝わるかと思います。

本当に何度も書きますが、会場のロケーションは最高です。
また土質が火山灰の為、びっくりするくらい掘りやすく、慣れてない方でも比較的容易に掩体が掘れます。
このイベントは今後更に定番として発展していって欲しいと思いますので、是非皆さんも参加してみて下さい。
見学や撮影だけの方も多く居られますので、軍装を持ってない方でも参加は可能ですよ。
我々も来年を目指して準備していきたいと思います。


・・・まだHGGのレポートとVショーのレポート書いてない。。。w



  


2023年01月27日

2023年BCo新年会レポートVol.3

2023年BCo新年会レポートVol.1

2023年BCo新年会レポートVol.2

2023年1月2日~3日にかけ、BCo/100Bnは今年も恒例の「新年会」を実施、本年の活動を開始いたしました。
本日はこの新年会の紹介、第3弾です。



今回の新年会での設定は
1945年1月 南フランス・カスティオン近郊(シャンパンキャンペーン)
Sig Pt/HQ Co/100Bn/442RCT(第442連隊戦闘団第100歩兵大隊本部中隊通信小隊)
を一部再現し、戦線の警戒監視任務について訓練と体験を実施しました。
今回は1950~60年代、アメリカ陸軍特殊部隊再現グループ「A-232」との合同による1夜2日の対抗訓練となりました。

夜間最低気温-5℃の厳しい環境で、BCo側としては通信小隊本部の歩哨及び巡察と通信中継所(電話交換所)勤務を部分的に再現し、実際に警戒や勤務を行いました。


夜間から状況が開始されました。


勤務は通信小隊本部7名
2名1組の歩哨が2組、1時間交代で夜間用歩哨壕で警戒を行います。

通信中継所勤務4名
2名1組が2時間交代で勤務します。

中継所送迎ドライバー2名
1名ドライバーが2時間交代で勤務します。



通信中継所組とドライバーは本部で待機している1時間の間に交代で巡察(パトロール)勤務に就きました。
ドライバー以外は1時間の仮眠、休憩があります。
何役かを兼務して行われる状況ですが、実際にも前線に居る部隊は定員を満たしていることなど少なく、このような状況は多かったと考えます。
また想定時期は1945年1月のシャンパンキャンペーンであり、1944年10~11月のVosgesの戦闘において大損害を被った直後で、人員不足は自然な再現でもありました。
※戦闘前には2943名居た連隊の戦死、負傷者は約2000名。病院等から順次、負傷兵が帰隊しつつある時期でした。







夜間用の警戒壕は2名がかろうじて入れる大きさで、有線電話線が引かれ野戦電話機が設置されていました。
定時報告の他、異状が認められた際には野戦電話機を使用して報告します。
夜間歩哨壕の電話は通信中継所の電話交換機に接続されており、まず中継所を呼出します。
中継所の交換手が出たら、本部への接続を要求し、それを受けた交換手は歩哨壕への電話を保留し、本部を呼び出します。
本部との電話が確立した所で、歩哨壕と本部の回線を接続し、歩哨壕の警戒員が本部に報告する、という流れになります。
今回の想定では歩哨壕と、想定連隊本部(フィールド管理小屋)の2回戦しか接続してませんでしたので、中継の流れは不要ではありますが、訓練の為にあえて実施いたしました。
なお、使用しているBD-71スイッチボード(電話交換機)は6回戦まで接続する事ができます。

夜間歩哨壕では、幾度となく「敵」の接近が察知され、本部に報告が上がりました。
その内容は正確な物もあれば不正確な物もあり(翌朝の合同AARで検証)、夜間の歩哨の難しさを体感することができました。
また、報告の要領も演練することができました。
このあたりは、実際に敵役となる相手がいないと示すのが難しい内容で、今回の訓練は大変良い経験になりました。






通信中継所までは交代員を車両で送迎しました。
夜間にBOライト(対空用の夜間行動用ライト)のみで、不整地の林間を走ってくれた凄腕ドライバーに感謝いたします。
暖気運転を含め、エンジン音や走行音もリアルなので(そりゃそーだ)、「敵」側にもよい想定になったのではないかと思います。
また、そのような環境で大戦当時のJEEPに乗って走行できる経験も得難いものでした。






通信中継所は2名1組、2時間ごとの勤務でしたが、暖房等もなくかなり寒かったと思います。
その中で、いつ呼び出されるかわからない交換機の前で、よく勤務したものと思います。
交換操作についても概ね良好で、通信をしっかり維持できました。






深夜も1時頃からは疲労と睡魔に襲われ(多くは前夜に徹夜で移動、そのまま日中は穴掘りや設営、訓練に従事)、士気のも低下していきますが、警戒は継続して行われました。


未明、0400から本部及び通信中継所に対し、同時に敵による襲撃が行われ見事壊滅されましたが、最後まで勤務に邁進し概ね良好であったと思慮します。


襲撃後、状況を終了し仮眠。














翌朝、敵として行動したA-232と合同でAAR(AfterActionReview)を実施、各配置ごとに反省会等を行いました。


何度か書きましたが、今回の合同演習は敵側がリアルに侵入、斥候を実施してくれることで防御、警戒側として大変得難い良い経験をすることができました。
また、これまであまりできてなかった通信に関しても学ぶことができ、良い新年会となりました。

今後もこのような機会を作っていきたいと思います。


最後になりましたが。
BCIの管理人、軍曹様。
A-232の皆様。
本当にありがとうございました。



お知らせ。

リエナクトメントグループ「B Co/100Bn」は2023年1月28、29日、第101回ビクトリーショーにおいて「WW2アメリカ陸軍通信小隊」に関する展示を実施します。
同時に日系第100歩兵大隊とリエナクトメントの啓蒙コーナーも設置。
場所は5階の中央エリアです。※以前のお知らせと場所が変わりました!



  


Posted by 先任  at 08:16Comments(0)リエナクト

2023年01月21日

2023年BCo新年会レポートVol.2

2023年BCo新年会レポートVol.1

2023年1月2日~3日にかけ、BCo/100Bnは今年も恒例の「新年会」を実施、本年の活動を開始いたしました。
本日はこの新年会の紹介、第2弾です。



今回の新年会での設定は
1945年1月 南フランス・カスティオン近郊(シャンパンキャンペーン)
Sig Pt/HQ Co/100Bn/442RCT(第442連隊戦闘団第100歩兵大隊本部中隊通信小隊)
を一部再現し、戦線の警戒監視任務について訓練と体験を実施しました。
今回は1950~60年代、アメリカ陸軍特殊部隊再現グループ「A-232」との合同による1夜2日の対抗訓練となりました。

夜間最低気温-5℃の厳しい環境で、BCo側としては通信小隊本部の歩哨及び巡察と通信中継所(電話交換所)勤務を部分的に再現し、実際に警戒や勤務を行いました。


午後の前段は通信中継所の開設と昼夜間の歩哨壕の構築を実施します。












A-232が夜間から斥候、襲撃を状況で実施する関係で、通信中継所と夜間歩哨壕を秘匿する為に午後からの構築となりました。



現地は20cmも掘ると固い岩盤に当たり、深く掘る事が困難で、構築に時間を費やしました。
JEEPの車載工具も使用し、かなりの重労働でなんとか使用に耐える壕を構築できました。







通信中継所はスモールウォールテントにBD-71スイッチボード(電話交換器)を設置。
フィールド管理棟、小隊HQ、歩哨壕と回線を結びました。






機材と天幕の輸送には本部の支援中隊より車両の支援を受ける事ができました。

小隊本部と歩哨壕を直接繋がなかったのは電話交換器を使用しての訓練を行う為にあえて交換器を介しています。








通信中継所開設後に有線構成を実施。












前途の通り3回線を構成します。
予定していた通信のプロが不参加となり素人だけでの構成となり時間を要しました。
(A-232にはプロが複数名居た!)



有線構成後にスイッチボードの操作要領を教育。
事前に予習して来ていたのでスムーズに要領を得る事が出来た様です。

午後の後段は昼間の歩哨壕を利用し訓練を実施。
歩哨任務と報告要領を演練しました。

状況開始までの短い時間でしたが概ね概要は習得する事が出来ました。

次回へ続きます。


お知らせ。

リエナクトメントグループ「B Co/100Bn」は2023年1月28、29日、第101回ビクトリーショーにおいて「WW2アメリカ陸軍通信小隊」に関する展示を実施します。
同時に日系第100歩兵大隊とリエナクトメントの啓蒙コーナーも設置。
場所は5階の中央エリアです。※以前のお知らせと場所が変わりました!






  


Posted by 先任  at 21:49Comments(0)リエナクト

2023年01月15日

2023年BCo新年会レポートVol.1



遅くなりましたが。
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて、2023年1月2日~3日にかけ、BCo/100Bnは今年も恒例の「新年会」を実施、本年の活動を開始いたしました。
本日より数回に分けて、この新年会をご紹介します。



今回の新年会での設定は
1945年1月 南フランス・カスティオン近郊(シャンパンキャンペーン)
Sig Pt/HQ Co/100Bn/442RCT(第442連隊戦闘団第100歩兵大隊本部中隊通信小隊)
を一部再現し、戦線の警戒監視任務について訓練と体験を実施しました。
今回は1950~60年代、アメリカ陸軍特殊部隊再現グループ「A-232」との合同による1夜2日の対抗訓練となりました。

夜間最低気温-5℃の厳しい環境で、BCo側としては通信小隊本部の歩哨及び巡察と通信中継所(電話交換所)勤務を部分的に再現し、実際に警戒や勤務を行いました。

集合後、本部天幕を設営。
午前中に全員に対して役職を付与(中継所勤務、小隊本部勤務)、全般説明の後に小隊HQの開設と通信機材の教育を予定していましたが、開設に時間を取られ通信機材教育は割愛しました。






仮眠ベットの場所決めにトランプを引いているところ。




今回のレーション(支給食)は10in1レーション。
何度か記述していますが、5人分3食分が2箱にセットされた物が2セットで支給されるレーションです。




昼食はパーシャルディナー。
行動時を考慮し、Kレーションと同等の缶詰と携行できるパケットのセットになったものです。




パーシャルディナーのパケットに入ったレモンジュース。
当時は大変不評だった言われています。















戦地ではなかなかテーブルや椅子と言うものはありません。
兵士達は思い思いの場所で食事を摂ります。


次回へと続きます。


お知らせ。

リエナクトメントグループ「B Co/100Bn」は2023年1月28、29日、第101回ビクトリーショーにおいて「WW2アメリカ陸軍通信小隊」に関する展示を実施します。
同時に日系第100歩兵大隊とリエナクトメントの啓蒙コーナーも設置。
場所は5階の中央エリアです。




皆様のお越し、また質問等お待ちしています!

第101回 ヴィクトリーショー

会場 東京/浜松町 「都立産業貿易センター/浜松町館




以下写真は過去の展示等から。











  


Posted by 先任  at 17:05Comments(0)リエナクト

2022年08月07日

BCo 2022サマートレーニング Vol.3(最終稿)

2022年7月。
BCo/100Bnは夏季トレーニングを実施しました。
レギュレーション等の詳細はこちらをご確認下さい。
なお、前号Vol.1はこちらVol.2はこちらです。



想定時期は1943年6月。
第100歩兵大隊はキャンプマッコイから移動し、ルイジアナ州での大規模な機動演習に参加していました。
被服は1stパターンのHBT(ヘリンボーンツイル)作業服の支給が開始されており、旧型のブルーデニム作業服と混在して使用されていた頃です。
装備についても一部、新型の装備の使用が開始されていましたが、アメリカ国内での訓練ではまだまだ旧型の装備が広く使用されていました。
第100歩兵大隊ではこの頃、M1ライフルの配備が進んでおり、旧型のM1903ライフルと混在していた時期です。

2日目の訓練、2項目は前日の続きでした。



1日目にKeelingまで構築した個人壕、foxholeをStanding=立射壕まで掘り下げます。












掘り始めた当初よりは木の根等は減りますが、土質が変わったり岩が出たりと厳しい作業です。
更に、掘り下げた穴は作業がやり辛く、また掘った土を排出するのに腰から上下運動が必要で、体力を使います。
効率良く掘り進めるには色々とコツや経験が必要になりますが、なかなか言葉で説明するのは難しいですね。
このあたりもまた、リエナクトを行う意義があると考えています。






規定の深さに達したら、盛土を固めます。
盛土は3ftの奥行が規定されています。
これは固めた土で3ftあれば小銃弾を防ぐ事ができるとされているためです。
ちなみにこの「奥行」は土嚢であってもほぼ同様で、通常は3列以上並べて積み上げないと防御効果が薄くなります。
また、よく見るような1列だけの土嚢だと、小銃弾が貫通するのは勿論、爆風などにも大変弱くなります。
更に、土嚢の場合でもシャベル等を使用してしっかり固める事も必要です。
参考まで。








BAR-Gunner Standing foxhole。










BAR-Assistant Standing foxhole。








なお、余裕がある場合は敵方から見て盛土等が見えないように草木で擬装します。
通常、草は根のついた地面ごとブロックのようにして切り出し、並べる事で自然な植生に見せかけます。
草木が無い場合、落ち葉なども有効に使えます。
擬装は手を抜かず、やり過ぎず、が良いと言えるでしょう。

前日からのCrouching、Keeling、Standingのfoxholeは戦闘が近しい場合に急いで掘る壕です。
その為、強度や深さ、広さは決して充分ではありません。
時間的な余裕がある場合、1men-foxholeや2menfoxholeへと進化させ、更に可能であれば各壕を交通壕で繋いで敵から守る陣地を形成して行くことになります。


過去に構築した1men-foxhole。


過去に構築した2men-foxhole。






午前の訓練を終え、昼食です。
C-Rationは1938年から開発開始、様々な試験を経て1941年8月から生産された携帯レーションで、「駐屯地給食用の未調理生鮮食材」Aレーション、「包装済み未調理食材」の野戦炊事であるBレーションの次と言う事で命名されました。
内容物は年代と共に変化していきますが、開戦後しばらくまではビスケット、キャンディ、コーヒー(当初は濃縮コーヒーで後にインスタントに)、砂糖で構成されるBユニットと、「ミート&ビーンズ」「ミートポテトハッシュ」「ミート&ベジタブルシチュー」のいずれかが入ったMユニットをそれぞれ1缶ずづ、2缶で兵士1人の1食分でした。
通常、歩兵の背嚢(ハバーサック)には6缶=3食1日分のCレーションを梱包する事とされていました。

今回はMユニットは「ミート&ビーンズ」を再現しています。
なお、Cレーションは現代ではコンビーフ缶等で使われる事の多い、キー巻取式の開缶方式で、兵士個人が缶切りを携行する必要が無いように考慮されていました。
余談ですが、缶切りを認識票のチェーンにぶら下げるのは、缶切りが必要なMCIレーションが主流だったベトナム戦争の頃の流行(12食入りのカートンに缶切りが4個しか入ってなかった為と推察)で、WW2ではそのような写真を確認した事は私はありません。


















なるべく「当時の味」に近づけるよう努力をしていますが、空腹は最大の調味料。
みなさん、美味しそうに食べていました。
「努力」がまだ足りないのかもしれませんね。






食事後は埋め戻し、撤収作業を行い野営地に帰還。
整列し、装具被服。なにより身体の異常の有無を確認します。

説明では省いていましたが、健康状態のチェックは絶えず欠かさず実施していました。
普段でももちろんですが、特に厳しい環境では健康状態のチェックは必ず実施しなければなりません。

以上で今回のサマートレーニングのレポートを終わります。




最後に、今回撮影と調理、健康チェック等でご協力くださった「馬好き」さんの撮影した写真を紹介します。
当時の機材で撮影したものです。



















・Camera PH-47E(Anniversary speed graphic)
・Camera lens Kodak 127mm
・Film Kodak 4x5film T-max320(番号220701~7) ,T-max100 (220708~9)   


Posted by 先任  at 21:19Comments(0)リエナクト教練会(Training)

2022年08月05日

BCo 2022サマートレーニング Vol.2

2022年7月。
BCo/100Bnは夏季トレーニングを実施しました。
レギュレーション等の詳細はこちらをご確認下さい。
なお、前号Vol.1はこちらです。

想定時期は1943年6月。
第100歩兵大隊はキャンプマッコイから移動し、ルイジアナ州での大規模な機動演習に参加していました。
被服は1stパターンのHBT(ヘリンボーンツイル)作業服の支給が開始されており、旧型のブルーデニム作業服と混在して使用されていた頃です。
装備についても一部、新型の装備の使用が開始されていましたが、アメリカ国内での訓練ではまだまだ旧型の装備が広く使用されていました。
第100歩兵大隊ではこの頃、M1ライフルの配備が進んでおり、旧型のM1903ライフルと混在していた時期です。

訓練の2日目の朝食から。





焼いた牛肉(ステーキと言うには小さいw)、ブロッコリー、パン、パインアップル、グレープフルーツジュース。
昼食予定のメニューでしたが、訓練内容から入れ替えました。
アメリカ軍では飲料にコーヒーの支給が多くありますが、今回は気温等を考慮してフルーツジュースを支給しています。
※フルーツジュースももちろん標準的な飲料の一つでした。








朝食後、装備を整えて訓練を再開します。
まず昨日の内容について反復し、整理してから本日の訓練内容と目的、目標について示達します。
「とりあえずやってみよう」と言うのも反対はしませんが、根拠を添えて実施する項目を明確に示す事が訓練効率の向上に繋がります。

本来、昨日の個人壕の構築を続けて行う予定でしたが、気候と参加者の体調を考慮し、涼しい間に戦闘時の散兵壕の構築訓練を先に実施しました。

「Skirmisher Trench」=散兵壕の構築。
急な射撃を受け、その場に伏せながら射撃可能な壕を構築するもので、背嚢は下すが、他の装備は基本的に身に着けたまま、可能な限り低い姿勢を維持して構築する方法です。

まず指導官が見本を示します。








立った姿勢(歩行中)から射撃を受けた想定で、その場に伏せます。
伏せた際は、速やかに射撃姿勢を取り、場合(命令)によっては射撃を行います。








その場で壕の構築が命ぜられたならば、装備を一度解きます。
背嚢を下ろした上で、弾帯とガスマスクバッグを身に付けます。ヘルメットは被ったままです。
背嚢からエントレンチングツール(シャベル)を外して、伏せながら構築できる姿勢を取ります。












下半身は仰向け、上半身は捻って頭部はヘルメットを地面に付けるようにしながら、低い姿勢で構築を開始します。
手が高くならないよう、シャベルはなるべく水平に近く動かし、掘った排土は前方で押し出すように盛ります。






深さは約9インチ(約23cm)、排土による盛土も約9インチとして、上半身を埋めて隠し、射撃姿勢が取れたら完成です。
規定では50分で概成となっていますが、戦闘中ですので10~12分で最低限の穴を掘って射撃を開始する事も可能とされています。






















交代し、参加者が各自で構築訓練を行います。
写真だけでは伝わらないかもしれませんが、かなり「キツイ」です。
このような動作を実際にやってみて体験する事がリエナクトの醍醐味なのだと思います。
それには教範=フィルドマニュアルや教育ビデオで得る知識ももちろんですが、適切な被服、装備も必要となります。
















この散兵壕は、あくまで正面方向からの銃撃に対するもので、最低限の防御です。
集中して射撃を受けた場合は、被弾する可能性も高くなるでしょう。
また砲弾に対する防御効果も最低限です(多少はありますが)。
それまでに前進または後退、味方部隊の攻撃や支援によって、状況が変化するまでの暫定的な壕です。
また、長時間に渡ってその場を維持する事が必要となった場合(直接銃撃を受けなくなる事が前提ですが)は、前述のfoxhole=CrouchingTrenchやKneelingTrenchへと掘り下げて行く事になります。

Vol.3へと続きます。  


Posted by 先任  at 10:38Comments(0)リエナクト教練会(Training)

2022年08月03日

BCo 2022サマートレーニング Vol.1



2022年7月。
BCo/100Bnは夏季トレーニングを実施しました。
レギュレーション等の詳細はこちらをご確認下さい。

想定時期は1943年6月。
第100歩兵大隊はキャンプマッコイから移動し、ルイジアナ州での大規模な機動演習に参加していました。
被服は1stパターンのHBT(ヘリンボーンツイル)作業服の支給が開始されており、旧型のブルーデニム作業服と混在して使用されていた頃です。
装備についても一部、新型の装備の使用が開始されていましたが、アメリカ国内での訓練ではまだまだ旧型の装備が広く使用されていました。
第100歩兵大隊ではこの頃、M1ライフルの配備が進んでおり、旧型のM1903ライフルと混在していた時期です。










退避所(猛暑が予想される為、調理場と兼ねて休息できる天幕(Largefly)を先に設営)を設営し、着替えが済んだら昼食を支給します。
調理場の都合もあり、簡易な食事としました。
コンビーフとタマネギ、マスタードとサワークリームのサンドイッチにバナナ、アップルジュースです。

昼食後、夕食の仕込を。











日系部隊では、しばしば支給糧食に飽き足らず、現地で「調達」した食材を使った物を食べていたエピソードが多くあります。
このルイジアナ機動演習でも、近隣の農家から失敬した豚を調理して食べた話がありました。
(大隊が後に農家に代金を支払ったそうです)

彼らの出身地であるハワイでは「カルアポーク」と呼ばれる豚肉料理があります。
これは豚をまるごとバナナの葉に包んで地中に埋め、その上で長時間焚火をする事で蒸し焼きにするもので、それはルイジアナ機動演習中にも実際に行われたそうです。
今回は地中に埋めて火を焚くのは色々問題がありますので、フィールドレンジを使用して調理しました。
塩のみで味付けしたブロック肉をキャベツで包み、更にバナナの葉で包んで鍋で蒸し焼きにします。
約3時間加熱しました。


3時間の過熱後がこちら。
バナナの葉はほぼ炭化しています。
肉汁を吸ってクタクタになる予定だったキャベツも炭化したのか跡形もほとんど無く消えていましたw





肉の方は良い感じに仕上がっています。(一部炭化しましたが)





パンに乗せたり、挟んだりでいただきました。


さて訓練ですが。







初日午後、準備を整えで野営地を出発。






森の中を前進。
大変な暑さと日差しでしたが、森の中は比較的マシでした。









訓練予定地に着。
今回の目的である野戦築城、個人の簡易な陣地(foxhole)の構築について説明します。



U.S.ARMY FM5-15より。




















装備を下ろし、構築開始。
まず、Crouching=座射の可能な壕を掘ります。
直径が3ft(約90cm)、深さ1ft6inch(約45cm)で、前方(敵方)の盛土が6inch(約15cm)。
これをアメリカ陸軍では基本1名で歩兵用シャベルのみを使用して45分で構築する事となっています。

今回の訓練では、2名1組で交代しつつ1つの壕を構築しました。
実際には当然、1名で構築すべきものですが、猛暑をいう環境を考慮した上で、まずは訓練として概成する事を優先したためです。








指導官も掘りました。
指導側は掘らせるのが仕事ですが、実際に汗を流して掘る事で見本を示し、また一体感を醸成する事もできます。
やり過ぎても良くありませんので、そのあたりの匙加減は難しい所ですね。






















CrouchingTrench=座射壕に入るBAR-Gunner(自動小銃射手)と、BAR-Assistant(自動小銃補助手)。
その名の通り、座りながら射撃ができる壕です。
最低限の防御能力しかありませんが、比較的短時間で構築可能です。
BARとBAR-Assistantは、後に2名用射撃壕(2men-foxhole)を使用するようになりますが、開戦前のFMにおいては「1Menfoxholeを使用する。その仕様は通常のRifle-Men用と変わらない」とされていました。















最低限の戦闘する穴が「CrouchingTrench=座射壕」でしたが、時間的な余裕があれば次はKneelingTrench=膝射壕へと拡大します。
文字通り、膝立で射撃可能な壕で、具体的には深さが2ft-6inch(約75cm)となり、廃土は後方にも積むようになります。
構築時間は70分とされており、crouchingからは25分で概成する事に。














「KneelingTrench=膝射壕」から膝射撃姿勢をとるBAR-Gunner(自動小銃射手)と、BAR-Assistant(自動小銃補助手)。
その名の通り、膝立ちでの射撃ができる壕で、crouchingに比較すると安全性は高まっていますが、次の段階であるStandingTrench=立射壕まではまだまだです。
本来、更に時間的余力があればこのままStandingTrench=立射壕まで掘り進めるべきでしたが、時間(日没)の制約と、参加者の体力等を考慮した上で、初日の訓練はここまでといたしました。

次回、Vol.2へと続きます。


  


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2022年04月21日

BCo野営訓練 火器小隊迫撃砲班 Vol.2 レーション・生活編

山梨県北杜市にあるスティルフォレストさんのフィールドをおかりして、掩体構築を中心とした訓練を実施いたしました。
今回は訓練中の食事と生活についてレポート致します。
被服装備の想定時期は1944年初頭、編制は歩兵小銃中隊火器小隊60mm迫撃砲班です。










今回の訓練では、訓練であるものの戦地を想定していましたので食事は携行レーションを用意しました。
10in1レーションと呼ばれるグループレーションで、その名の通り10名の3食分が4つの箱に入った物(5名分が2箱×2セット)です。
内容物は市販品を含めた缶詰やビスケット等が主で、基本的には「温めなくても喫食可能」なものとなっています。
但し、戦地では兵士達はヘルメットや様々な物を利用して「調理」もしていました。




















10in1の中の昼食メニュー、パーシャル・ディナーユニットは、外箱の無いKレーションに近く、肉等の缶詰とビスケット、飲料等のパッケージがセットとなったものが人数分梱包されており、各個に支給しておく事ができました。
これは昼間は移動等が多く、その過程で各個に食事を摂らせる事が多かったためです。










今回の訓練では、迫撃砲の各掩体構築を継続しながら交代で食事を摂りました。
このような場合も個人単位で支給できるパーシャルユニットは大変便利です。








2日目の朝食も10in1レーション。
シリアルや、スパム、コーン、エヴァミルク、フルーツ等の缶詰を中心に構成され、1セット5名で分け合って喫食します。











10in1レーションには食事の他にも紙(ナプキン、ペーパータオルどして使用)やタバコ、マッチ、浄水剤等が梱包されており、前線の兵士達にとってはありがたい物だったようです。












夕食では日系部隊の食事の代名詞的な存在であるチキンヘカを出しました。
説明については過去何度となく書いてますので省略いたします。






訓練の統制用、及び調理用としてスモールウォールテントも立てていましたが、兵士達の宿営はシェルターハーフテントで行いました。
本来、2名が1枚ずつの天幕を持ち、2名1組、2枚のシェルターハーフで1組のテントを立て、2名で使用するものですが、写真のように4名で4枚の天幕を接続するなどは実際に戦地でも行われていました。
もっとも、前線に行けばこのようなテントすら立てる事はかなわなくなるでしょう。







訓練終了前に各自、火器の手入れを実施します。
これも戦地でも兵士達が時間があれば必ず実施していた事です。
自らの命を最終的に守るもの、きちんとした整備が必要です。
また趣味としても、自身の物を整備する事は様々な意味で大切であると考えます。
なお、小銃の分解清掃等はモデルガンでないとなかなかできません。
その為、当方のリエナクトメントではモデルガンの使用を一番推奨しています。
但し、モデルガンでないと参加できない、と言うわけではありません。
エアソフトガンや、ディスプレイモデル等でも参加は可能です。






また空いた時間に被服の取り扱い方として外套(ウールオーバーコート)の巻き方等も実施しました。


以上で今回の訓練のレポートを終わります。

なかなか自由に訓練やキャンプ、イベントが開催できない時勢が続きますが、可能な範囲で今後も活動を継続していきたいと思います。
機会があれば、是非ご参加下さい。

"Welcome! Anyone who wanted to fight"
 「戦う気があるなら、誰でもウェルカム!」










  


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2022年04月11日

BCo野営訓練 火器小隊迫撃砲班 Vol.1 迫撃砲陣地構築編

山梨県北杜市にあるスティルフォレストさんのフィールドをおかりして、掩体構築を中心とした訓練を実施いたしました。
今回より数回に渡り、訓練内容についてレポート致します。
被服装備の想定時期は1944年初頭、編制は歩兵小銃中隊火器小隊60mm迫撃砲班です。



参考までに、記事の下部に想定と必要装備被服のレギュレーションについて掲載しています。

今回の参加メンバーは7名、定数どおりで指揮班2名・砲分隊5名を編成しました。
今回の訓練の主目的である掩体構築に合致するように、状況の付与は、防御態勢における前哨及び砲の展開としました。
指揮班2名が前哨における監視警戒にあたり、その後方に砲分隊が展開して射撃を実施する想定です。








今回は訓練として小銃掩体利用の60mm迫撃砲陣地を構築しました。
砲が地表に有るため直接照準が出来る掩体です。
これはアメリカ軍フィールドマニュアルに則った陣地ですが、実際の前線ではあまり使用されていなかった可能性があります。
今回は基礎訓練としてマニュアル通りの構築を目指しました。










編成完了した砲分隊。
右から分隊長・砲手・助手・弾薬手・弾薬手。被服装備と携行区分は1942年規定に基づいています。
分隊長を含む砲手以外の全員がベスト状の弾薬運搬袋(アムニッションバッグ)を着用します












アムニッションバッグは、60mm砲弾を前後のポケットに各6発ずつ、計12発収納して携行するためのもので、個人の被服装備を身に付けた完全軍装の上から着用します。
定数分の砲弾を入れた場合の重量はおよそ16kgになりますが、ダミーで近い重量のものを用意し、各メンバーに体感してもらいました。













分隊長、小隊本部一名で陣地偵察を実施後に迫分隊は陣地進入を行いました。

初日は宿営地の設置後に、前哨と砲の展開地を決めて、掩体構築を実施。
フィールドから見える道路の十字路に仮想敵が進出することを想定し、前哨と砲の位置を決めます。
前哨は監視対象である十字路を見通せてかつ隠蔽可能な森の斜面に設置し、砲は樹間に上空が拓けて射撃可能な場所を選定しました。


















60mm迫撃砲は先ず砲を設置してから構築を開始します。
緊急時に何時でも射撃するためです。
後半になり雨が降ってきたため、迫撃砲にレインコートを掛け器材保護をしています。














弾薬手は二人用小銃掩体を構築。
交代で構築作業出来る。








分隊長は1人用小銃掩体を構築。
手信号、音響通信可能な範囲を基準に選定します。
















OPは敵から隠蔽された迫分隊陣地から離れ、敵方を監視し間接射撃の目標を伝える掩体として二人用小銃掩体を構築。
当初はフィールドマニュアルの画像の掩蓋陣地を作成予定でしたが、時間と資材不足であったため二人用小銃掩体に変更して構築しました。
42年の教範には小銃掩体を利用すると記述されています。

それぞれの掩体は日没前には90%概成し訓練終了となりました。








以下が今回のレギュレーションです。

被服・装備

※ 複製品、代用品の使用可。
・複製品については極端に形状、素材が違っていたり色が違っていなければ使用可能。
判断が付かない場合は問い合わせ下さい。
・代用品についても複製品に準じます。

※「推奨」は無くても参加できますが、有るとより良い物を指します。

被服
・サマースリーブレスアンダーシャツ
・アンダードラウアー(ODまたは白)
・ODウールクッションソックス(戦後品可)
・M37ウールシャツ(推奨)又は43年型(34師団章着用、指定者以外階級章不可)
・ウールトラウザース
・トラウザースベルト
・ODフィールド(M41)ジャケット(34師団章着用、指定者以外階級章不可)
・上記ODフィールドジャケットに替えてウィンターコンバットジャケット及びウィンターコンバットトラウザース着用可(上着34師団章着用、指定者以外階級章不可)
・ニットキャップ(形状、色が著しく違う複製品は使用不可。実物推奨)

・サービスシューズタイプⅢ(いわゆるM43型ラフアウトブーツ
・M1938レギンス

・レインコート(推奨) ☆ハバーサック

装備(「推奨」以外はすべて必須) ☆装備位置

・M1928ハバーザック
・Tボーンショベル ☆ハバーサック
・M1923カートリッジベルト
(砲手、助手はピストルベルト、ピストルマガジンポーチ)
(弾薬手はピストルベルト、カーバインマガジンポーチをカートリッジベルトに変えて選択可能)
・水筒 ☆右腰
・包帯ポーチ ☆左横
・銃剣(砲手、助手、カーバイン選択の弾薬手は不要)   ☆ハバーサック
・ガスマスクバック(ライトウェイト)カーキ(面体無くても可)
・M1アムニッションバック(分隊長)
・M2アムニッションバック(助手、弾薬手)

・M1ヘルメット ※34師団章ペイント必須
(固定ベイル推奨、可動ベイル可、プラスチックヘルメット不可)

・ハーフテント(OD、カーキ共に可、カーキ推奨)
※スナップボタンのタイプは不可
・ウールブランケット×1(2枚推奨)
☆テントロールで携行

・メスパン及びカトラリー ☆ハバーサック・メスキットポーチ

火器
・M1ライフル
・M1カーバイン(バヨネットラグ無し、フリップアップタイプリアサイト)※弾薬手はライフルと選択可
・ピストル(砲手、助手)
・60mm迫撃砲

「推奨」被服
・防寒アンダーシャツ(着用は任意)(ODまたは白)
・防寒アンダーパンツ(着用は任意)(ODまたは白)
・5ボタンニットセーター(ボタン交換戦後代用可)
・ドックタグ
・ハンカチ
・ウールニットグラブ(推奨)又はレザーパームグローブ

・「推奨」装備
・M1936サスペンダー ※ストラップ切断品のみ使用可能
・ヘルメットネット(ラージメッシュのみ可。他は不可)
・ウールオーバーコート
・コートタイプパーカー
・マウンテンパーカー
・オーバーシューズ

・「推奨」するハバーザック入り組品
・ウィンターアンダーシャツ(未着用時)
・ウィンターアンダードラウアー(未着用時)
・ウールクッションソールソックス 1~2足
・レインコート
・メスキット

・ハックタオル
・洗面セット
・ハンカチ

・バラックバック

これらの装備類は原則、自弁でご用意いただきますが、「どうしても○○だけ用意が難しい」等の場合、余剰品のレンタルもしくは販売できる場合もあります。
ご相談下さい。

・その他
髪型
サイド、後部は短く、モミアゲは耳の穴より上で整えて下さい。(長髪の場合分からない様に極力工夫して下さい。)

眼鏡(必要者)
ボストンフレーム
※コンタクトレンズの使用は許可します。

時計
当時のオーバルタイプの私物品、同等品以外は着用不可。※服薬等で時計が必要な場合、事前にご相談下さい。
ウール、金属アレルギー等有る方はご相談ください。

階級(役職)※事前に指名
※基本的にPvt 兵のみの募集です。階級章についてはこちらから指定する他は着用無しでお願いします。


Vol.2生活再現編へと続きます。


  


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2022年03月20日

2022年BCo新年会レポートVol.7

2022年 BCo新年会レポートのVol.7です。

しばらく更新が滞ってまして申し訳ありません。
今回は2日目に実施しました攻撃の実技についてです。
ドイツ軍リエナクターグループ「黒騎士中隊」に敵側として防御についていただき、効果的な訓練が実施できました。
大変感謝しています。

新年会レポートVol.1
新年会レポートVol.2
新年会レポートVol.3
新年会レポートVol.4
新年会レポートVol.5
新年会レポートVol.6










昨夜実施した斥候による情報を基に攻撃計画を策定。
上級部隊からの命令により、時間を合わせて攻撃を開始します。

集結地を出発し、攻撃発起点へ移動します。
ここは特に時間が重視され、また斥候結果により敵の前哨の位置が判明している事から縦隊で速やかに前進します。







攻撃発起位置に到着。
時間により想定の攻撃準備射撃が開始され、その効果の下で攻撃前進を開始します。
攻撃準備射撃とは攻撃開始後の攻撃を容易にするため、攻撃開始に先立ち実施される物で、敵の防御を破壊または妨害するものです。









昨夜の斥候で確認していた敵の障害、鉄条網を確認。
鉄条網による障害を処理する為、バンガロール(破壊筒)を使用。
指名された2名の兵士バンガロールを鉄条網の杭に沿わせて設置。他の兵士はそれを支援しつつ、突入に備えます。
主攻方面ならば突撃支援射撃が行われる所ですが、今回の想定は助攻であり砲撃及び工兵による支援は無く、自隊での処理、突入が行われました。

バンガロールにより、鉄条網を爆破処理。
拓いた通過口から一気に突入します。








直後、巧妙に仕掛けられた対人地雷が爆発し、分隊の半数が行動不能に。
また処理した鉄条網の奥に、更に別の鉄条網が発見され、分隊は身動きできず、攻撃は頓挫します。





ドイツ軍の見事な防御でした。





実際ならば攻撃が頓挫した時点で後退する事になりますが、訓練ですので再度攻撃を実施します。










再度、破壊筒による鉄条網の爆破を行います。
分隊は破壊筒の設置、爆破を射撃により支援。























破壊筒により拓いた通過口から一気に突入。
横隊へと展開しつつ、敵陣地に対し攻撃します。
ドイツ軍側からのMG及び小銃による防御射撃を受けますが、突撃を開始した分隊はそれを突破。
敵陣地内へ突入します。

防御の失敗を悟ったドイツ軍は陣地を放棄して後退しました。
















次回 レポート最終稿へと続きます。



  


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2022年02月16日

2022年BCo新年会レポートVol.6

2022年 BCo新年会レポートのVol.6です。
今回は2日目の朝食についてお送りします。

新年会レポートVol.1
新年会レポートVol.2
新年会レポートVol.3
新年会レポートVol.4
新年会レポートVol.5





夜が明けきらぬ内から、KP(糧食班)は活動を開始します。
フィールドレンジに点火し、湯を沸かし調理作業を行います。









朝食は比較的簡単な物で構成される事が多いですが、それでも数品は火を通した料理を提供しました。
スパムを焼き、粉末卵を溶いて野菜と炒めます。

そうこうしている間に起床時間に。







起床ラッパが鳴り、天幕から出て整列、点呼をします。
点呼は単に居る事を確認するだけではなく、健康状態や体調不良が無いかも併せて確認する重要な項目です。
「趣味の世界」では整列まではしなくても、安全管理の面からもきちんと実施する必要があると私は考えています。






食事のラッパが鳴り、各自は食器を持って並びます。














朝食のメニューはシリアル、焼スパム、野菜入りスクランブルドエッグ(粉末卵)、パインアップル、コーヒー、無糖練乳(エヴァミルク)





朝方の為か、皆立食で食べていました。
食後の歯磨きもまた重要です。
既にWW2当時から各国の兵士には歯磨きが指導され、歯ブラシや歯磨き粉が支給されて使用していました。








朝食の片付けが終わったら、訓練の準備にかかります。
本日は「攻撃」の実技を行います。

次回へ続きます。






  


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2022年01月28日

2022年BCo新年会レポートVol.5

2022年 BCo新年会レポートのVol.5です。
今回は初日の夕食についてお送りします。

新年会レポートVol.1
新年会レポートVol.2
新年会レポートVol.3
新年会レポートVol.4



小銃小隊が訓練で汗を流している頃、KP(糧食班)は夕食の準備作業です。
夕食のメニューはチキンヘカ=ChickenHekka。
現在ではハワイの郷土料理で日系人が持ち込んだとされている、鳥のすき焼きのような料理です。

日系兵士達は戦地で農家等から得た野菜や鶏肉を醤油代わりのブイヨンと砂糖で味付けをして煮込み、ヘカを作って食べた事が様々な書籍やベテランの証言にあります。
またヘカは後方地域で待機中に個人間で集まって作った話や、糧食班が作って配った話もあります。
今回は鶏肉、野菜等の食材を現地調達したという想定で食材を用意しKPが調理しました。









下処理が済んだ鶏をフィールドレンジのブッチャーナイフ、ブレードナイフを用いて解体し、鶏肉にしていきます。
鶏の下処理や解体方法もアメリカ陸軍のフィールドマニュアルに示されていますが、まったくその通りに解体できてはいません。





大まかに「肉」にしたものを、今度は小型のナイフで調理及び食べやすい大きさへと切っていきます。
中隊のKP等で通常使用する鶏肉はパッケージされたもも肉等になりますが、今回は現地調達の想定なので内臓を除いた可食部は全て入れます。






フィールドレンジの大鍋に鶏肉を、利便性のために使っている小鍋(フィ-ルドレンジの付属品ではありません)に野菜を入れ、準備出来た所でレンジに点火します。





まず鶏肉を炒め、色が変わってきたところで野菜を投入。
今回は野菜はキャベツとタマネギを使用。
どちらも1940年代にイタリアでポピュラーに見られた野菜で、特に玉葱はよく農家の納屋の屋根から吊るされており、行軍中に失敬したと、語っておられたベテランも。
水を足し、砂糖とブイヨンで味付けをしてしっかり煮込みます。

同時にコメも炊きます。
当時のハワイ出身の日系兵士達はコメで育った者も多く、軍の糧食は合わない人が多かったそうです。
イタリア戦線、第5軍の司令官マーク・クラーク中将は日系兵のコメ好きを理解しており、隷下の部隊からコメを集めて日系部隊に送っていたという話も。
日系部隊の補給係もまた、他の白人部隊からポテト等と交換でコメを手に入れ、握り飯に調理したというエピソードも残っています。
決して毎日食べれるわけではなかったのですが、だからこそコメの食事に大変喜び、また携帯食が続くと「あぁ、コメが食べたい」と言っていたそうです。

現代人たる我々もコメを主食として育っています。
リエナクトも3日もするとコメの食事が大変ありがたく、美味しく思えます。






調理している間、訓練を終えた小銃分隊は天幕でストーブを焚いて暖を取ります。
ちょっと取扱い方に誤り(正確には煙突の排煙開閉器がズレていた)があり、やや不完全な燃焼でしたがそれでも暖かいものです。










完成した夕食を天幕内へ。
おのおのメスパンへ盛りつけます。
本来、宿営用天幕での食事は禁止されています。
それは衛生上、寝所と食事を分ける必要があったからですが、この日は気温等も考慮し天幕内で喫食しました。







コメとチキンヘカを盛り付け、クレソンを沿えます。
クレソンもまた、イタリアで多く群生しており、野生のクレソンを詰んで料理に使ったエピソードがあります。
これらは戦地において特別な食事であり、いつも食べれたわけではありません。
ですが、日系兵の食事を語るに外せないものばかりであり、また「新年会」と言う趣旨からも大いに食べていただきました。







夕食後、防御側として訓練に協力、参加してくれているドイツ軍ユニットも交え、座学による歩兵中隊の攻撃や防御について学びます。
座学は面倒な印象もあるかと思いますが(実際に教育する方も面倒ですw)、これらを実施しなければ、まず歩兵の行動について理解できません。
それらが理解できていないと、戦闘や戦闘に至るまでの様々なプロセスも中途半端になり、時には実際の行動とかけ離れてしまい、とても再現とは呼べなくなってしまいかねません。
機会を作っては、これらの教育もまた繰り返し実施する必要があります。

次回へと続きます。












  


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2022年01月26日

2022年BCo新年会レポートVol.4

2022年 BCo新年会レポートのVol.4です。
今回は初日の訓練の終盤についてお送りします。

新年会レポートVol.1
新年会レポートVol.2
新年会レポートVol.3






破壊筒による障害の処理について実技を交えて教育を行います。

破壊筒=バンガロール(Bangalore torpedo)は1912年に、地雷処理を目的としてイギリス陸軍によって考案され、第一次世界大戦では鉄条網の処理に多用されるようになりました。
アメリカ陸軍では1943年2月にM1A1Bangalore Torpedoが採用され、第二次世界大戦のあらゆる戦場で使用されました。
1本5フィート(約1.5m)の筒を最大10本連結し、15mまで伸ばす事が可能で、その破壊範囲は筒の左右1.5mとされています。
破壊筒の末尾に信管を埋め込み起爆する事が可能で、信管は導火線によるものの他、電気式も用いられました。



通常は工兵が扱う資材ですが、戦闘の状況により(工兵の支援が得られない場合等)歩兵も使用しました。
今回は、自隊において処理が必要となった際に実施する処理についてアメリカ陸軍のフィールドマニュアルより教育を実施しました。











破壊筒を組合せ、送り出し、点火して離脱退避するまでの一連の流れを実地で行います。
なお、破壊筒や信管は安全な模擬を使用しています。








障害処理の訓練の後、休憩を挟んで斥候の訓練を行います。
なんどとなく書いてますが、斥候は敵の位置、陣地や障害、火器の構成、兵力や状態を知る為のもっとも有力な手段の一つで、歩兵の活動の中でも重要な項目の一つです。
連隊や師団の情報部が主導する更に大きな斥候活動もありますが、ここでは歩兵中隊以下のレベルで実施する斥候について、教育と実地の訓練を実施しました。













なお、ドイツ軍リエナクター、黒騎士中隊様の協力により実際に山中に障害、銃座等を構築してもらい、更に歩哨に立って警戒してもらう事でより実戦的な訓練ができました。








訓練時間が日没近く、昼間の斥候と夜間の斥候の違いを実際に体験する事ができ、良い経験になったと思います。
なお、本来は自衛用の火器を携行しますが、訓練なので安全を考慮し、小銃は携行せずに行いました。

次回へ続きます。









  


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2022年01月21日

2022年BCo新年会レポートVol.3

2022年 BCo新年会レポートのVol.3です。
今回は初日の午後の訓練の様子をお送りします。

新年会レポートVol.1
新年会レポートVol.2

昼食後、休憩を挟んで午後の訓練を開始します。





戦闘における各個の動作を訓練します。
射撃姿勢の他、伏せ、伏せからの駈足前進、そしてまた伏せ。
いわゆる「Rush & Prone」です。





























なお、伏せの動作に一部誤りがありました。
正確な動作はフィールドマニュアルに記されています。
こちら「各個戦闘動作」にて解説していますのでご確認下さい。

この種の訓練は、一度やってみた、ではなかなか身に付きません。
繰り返し何度も実施する必要があります。
もちろん地形その他の理由で、常にこの姿勢が取れるわけではありませんが、そこは基礎をしっかり身に着けての応用です。









大変体力を消耗する訓練ですが、繰り返し実施する事で自然とこの姿勢が身についてくるでしょう。












習熟の足りない点について、再度見本を示して、また実施します。




















次は分隊の前進についての訓練を実施します。
場所の問題で横方向の展開が難しい為、距離を詰めて実施しています。
1個分隊は2個の班に分かれ、それぞれが相手の班の前進を交互に支援し、前進します。
文字で書くと簡単ですが、実際に行うとなると訓練が必要です。




























また、障害処理により拓いた通過口から突入し、敵陣地へ突撃する訓練も実施します。
これもまた、頭で理解したつもりでも、実際にしてみると大変面倒くさい難しい項目です。
感度も繰り返し、感覚を肌で掴むまで行います。



























更にまた敵陣地への突入、手榴弾の投擲、制圧後の行動についても教育を行いました。

次回へと続きます。






  


Posted by 先任  at 07:00Comments(0)リエナクト教練会(Training)

2022年01月19日

2022年BCo新年会レポートVol.2

2022年 BCo新年会レポートのVol.2です。

新年会レポートVol.1











スモールウォールテントの簡易KPで昼食を準備しています。
昼食は(準備時間が短い為)、簡単なものとしました。
アメリカ陸軍ではいわゆる食パンが多用されていますが、歩兵中隊ではパンを製パンする事はできません。
パンは各戦域ごとに配置される移動式製パン中隊、または各軍が管理する製パン工場が焼き、それを各師団以下の補給部隊が隷下部隊へ支給しています。
パンの厚みは様々ですが、いわゆる8枚切りまたは10枚切りくらいが多く使われているようです。
欧州戦線でのパンの支給量は兵士1人1日あたり約300g(1斤が約600g)で、パンが2回(例えば朝食と夕食)出る場合、8枚切り(約75g)が2枚ずつで300gとなります。
※時期、戦域や部隊によっても多少異なります。

但し、この支給量は他の食材等とのバランスを考慮して配分されますので、毎回この量とは限りません。





この昼食ではサンドイッチのみでしたので少し多めとし、1人あたり8枚切りを3枚(225g)支給しました。
























KPが昼食を作っている間も分隊は訓練を継続しています。
徒手(武器を持たない)教練から、執銃(武器を携行)教練へ。
教練の目的は前回記した通りですが、これらの執銃教練もまた、戦闘時の動作へ繋がる重要な項目です。
何度となく書いていますが、基本となる姿勢ができてこその応用です。
可能な範囲で時間をかけ、繰り返し演練する必要があります。












午前の訓練を終えて昼食。
サンドイッチはサワークリームとマスタードをソースに刻んだピクルスとハムを挟んだもの。
それにコーヒーを沿えました。












次回へと続きます。

  


Posted by 先任  at 17:00Comments(0)リエナクト教練会(Training)

2022年01月18日

2022年BCo新年会レポートVol.1



遅くなりましたが、皆さま新年明けましておめでとうございます。
2022年、今年は第100歩兵大隊の創設80周年にあたりますね。

BCoでは新年会としてリエナクトに向けた訓練を実施しました。
想定は1944年2月のイタリア戦線。
第34師団第133連隊第100大隊B中隊。

モンテカッシーノから大きな被害を受けて後退した第100歩兵大隊は補充兵を受け、再編制と訓練を実施していました。

今回は久しぶりの活動と言う事に加え、新たに参加するメンバーも居ましたので訓練を中心に実施することとしました。











TENT, PYRAMIDAL, M-1934, OLIVE DRAB, Stock No. 24-T-320
集合後、まずは宿営用の大型天幕を建てます。
当方ではお馴染みとなったM-1934ピラミダルテントは、本来8人(戦前のアメリカ陸軍の歩兵分隊は8名)が簡易ベッドを置いて宿営可能なものでしたが、開戦後は分隊の人数が12名となりこの天幕では10名が就寝していました。







中央にM-1941ストーブが設置され、暖を取ります。
このストーブにはガソリンユニットと薪ユニットが存在し、中身を入れ替えて使用する事ができました。
今回は薪ストーブで使用しています。












TENT, FIRE-RESISTANT, WALL, SMALL, OLIVE-DRAB, Stock No. 24-T-323
簡易KP(KitchenPatrol=調理場)としてスモールウォールテントを建てます。
本来は将校用宿営の他、倉庫や様々な用途で使用された天幕で、小型なので調理場としては(おそらく)使用されてませんが、今回は人数と訓練内容(調理場の運用が主ではない)に伴い、使用しました。

こちらにもM-1941ストーブも設置可能ですが、今回はM-1951フィールドレンジ(野戦調理機)を1台設置し、2日間の糧食を作りました。






















設営が完了し、休憩を挟んで訓練を開始します。
最初は徒手による基本教練です。これは武器を持たずに行うもので、個人の訓練と部隊の訓練があります。

基本教練の目的は
a. 指揮官の号令により部隊を規則正しく行動させ、簡単な隊形を提供して、そこから戦闘間の配置を容易に想定させるようにする。
b. 正確な動作と、指揮官の命令への反応を習熟させることにより、教育訓練に寄与させる。
c. 式典を通じて、兵士の士気を高め団結の精神を発展させ、部外への偉容を保持する。
d. 将校及び下士官の部隊指揮の練成。

と当時のアメリカ陸軍のフィールドマニュアルに記載されています(訳が間違っていたら済みません)。
教育内容については下記リンクをご参照下さい。
基本教練 徒手の敬礼と旋回


次回へと続きます。




  


Posted by 先任  at 17:00Comments(0)リエナクト教練会(Training)