2021年11月06日

WW2 アメリカ陸軍被服の参考 帽子編Vol.2

WW2 アメリカ陸軍被服の参考
「ヘリンボーンツイル(HBT) ハット」


はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍第100歩兵大隊が使用した被服についての参考ページを作成しています。
正確には戦前、1941年のハワイ第298及び299歩兵連隊に所属していた日系兵士が着用したものを含めていますので、第二次世界大戦において歩兵が使用した物、全般にあたります。
BCoに参加しているメンバー個人のコレクションからの参考画像で、特に記載が無い限りは実物の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。

形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
同時にリエナクトメントにおいて、ここに紹介しているような実物を揃える必要もありません。
激しい環境下での使用も行うリエナクトメントにおいては、材質や作りが実物に近い限りレプリカ(リプロダクション)の使用を推奨いたします。

また、名称等はQMCカタログ名と併記して「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

※このページは製作途中です。今後も掲載は増えて行く予定ですが、おそらく私が生きている間に「完成」はしないでしょう。
※今回使用している写真は「Pvtあべべ@abujian1990」所有の物。


アメリカの帽子サイズは、帽子内側の円(頭部外周円)の直径のインチ表記であり、計算すると概略次のようになります。
外周(cm)÷3.2(円周率)÷2.5(インチ換算)=サイズ表記(インチ)。これを基にしたサイズ表は下記の通りです。



※必ずしもサイズフィットを保証するものではありません。欧米人の頭部は日本人より先端が細く、帽子も楕円です。
※軍の帽子は現代の感覚より多少キツ目が適正サイズです。特に髪が長い場合は本来の適正サイズが小さく感じるでしょう。
※私見ですが、サイズ違いの帽子はめっちゃ格好悪いです。適正サイズの着用をお勧めします。


「HAT, HERRINGBONE TWILL(StNo.73-H-42308〜73-H-42340)」
「ヘリンボーンツイル(HBT) ハット」



1941年からそれまでのブルーデニム作業服に変わり、オリーブドラブ色のHBT生地の作業服が採用されました。
日それに先んじて1941年1月27日に採用された新型の作業用帽子は仕様番号PQD No.21のタイプIとタイプII(オリーブドラブ色HBT生地のタイプIとコットン・カーキのタイプII)が同時に生産されました。
帽子全体のデザインとしては以前のブルーデニムのハットを踏襲しましたが、細部には様々な変更が加えられました。
大きな特徴としては鍔がより厚手となり、鉢巻き部分が幅広に、更に空気抜き穴が四方に1個ずつ、計4個追加されました。



1941年11月7日にはカーキコットンハットが廃止され、HBTハットは仕様No.が21Bとなります。
※PQD.No.21Aは欠番となっています。
21Bの変更点は空気抜き穴が四方に2個ずつ、計8個となっています。
この21タイプIと21Bは補給No.は同じで、支給に区分はなく並行混在して使用されました。
なお同生地のキャップ「CAP, HERRINGBONE TWILL(StNo 73-C-25605 ~ 73-C-25639)」については1941年4月8日に採用されていますが、支給対象は1ピース型作業服とセットであり車輛、航空機等の整備者でした。
このCapは1943年12月15日以降、全陸軍への支給が開始されています。

サイズ表記上記帽子サイズですが、No.21タイプIには無かったサイズ、6と6-1/8が21Bから追加されました。

参考文献
・U.S.ARMY Table of Equipment 21 // Clothing and Individual Equipment. 15,Dec.1943.
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM Sec.1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT Aug.1943.
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM3-1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT May.1946.
・U.S.ARMY EUROPEAN THEATER OF OPERATIONS G.I.Collector's Guide Vol.1&2 Henri-Paul Enjames.
・Words collection of Sgt.N military uniform guidance and pointed out 2002-2021.
・二世部隊物語 菊月俊之
・Other UK and US websites, forums, etc.
  


Posted by 先任  at 10:23Comments(0)装備被服参考

2021年08月11日

WW2 アメリカ陸軍被服の参考 HBT=ヘリンボーンツイル被服編

WW2 アメリカ陸軍被服の参考

はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍第100歩兵大隊が使用した被服についての参考ページを作成しています。
正確には戦前、1941年のハワイ第298及び299歩兵連隊に所属していた日系兵士が着用したものを含めていますので、第二次世界大戦において歩兵が使用した物、全般にあたります。
BCoに参加しているメンバー個人のコレクションからの参考画像で、特に記載が無い限りは実物の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。

形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
同時にリエナクトメントにおいて、ここに紹介しているような実物を揃える必要もありません。
激しい環境下での使用も行うリエナクトメントにおいては、材質や作りが実物に近い限りレプリカ(リプロダクション)の使用を推奨いたします。

また、名称等はQMCカタログ名と併記して「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

※このページは製作途中です。今後も掲載は増えて行く予定ですが、おそらく私が生きている間に「完成」はしないでしょう。

HBTトラウザース&ジャケット

※Web管理人「先任」所有の物。

HBT(HERRINGBONE TWILL=ヘリンボーンツイル)ユニフォーム”ファティーグ”ユニフォームについてご紹介いたします。
第二次世界大戦の開戦前まで、陸軍の作業用被服はブルーデニム生地の物が使用されていました。
1930年代の後半に、色彩とデザインについてより実用的、実戦的な物が求められた事により開発が行われ、1941年4月3日に新しい生地、デザインの作業用被服が採用されます。
OD.3と呼ばれる明るいグリーンの彩色のコットン平綾織(ヘリンボーン)生地で作られ、ボタンには13個の星を模った金属製のものが使用された作業服はその生地名からヘリンボーンまたはHBTと呼ばれました。
最初のタイプは一般的に使用されていたコットンやウールの被服のデザインに近いものでしたが、後に2ndタイプから大きく改良されますが、ストックナンバーに変化は無く支給区分にも違いはありませんでした。
また採用後も1942年半ばくらいまでの訓練時においては、前タイプであるデニム作業服と混用されたため、トラウザースはデニムで上着はHBT(1st)といった混在も多くあったようです。
またこの被服は汚れ作業で使用する為にコットン及びウール被服の上から着用可能なサイズ的余裕がありました。
作業及び訓練用ユニフォームとして支給された他、採用後には夏季及び熱帯地域での野戦服としても使用されるようになります。
支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。


※ボタン「Pvtあべべ@abujian1990」所有の物。

なお、1943年1月9日に承認されたスペック45C以降は、生産性の確保から様々なボタンの使用が承認されます。
13星金属製が標準的ですが、テント等に用いられた模様の無いタイプ、民間被服で使用されていたドーナツ型、同月桂模様入り、プラスティックボタンと多くのバリエーションが存在しています。


「TROUSERS HERRINGBONE TWILL OD」(Stock No. 55-T-38001-78 ~ 55-T-38108-10)」
「ヘリンボーン(HBT)トラウザース 1stタイプ (1941年型)」




※Web管理人「先任」所有の物。

Specification No.6-254 (1937年11月8日 ※但し調達は1941年8月4日、支給は同年10月1日から) ・最初に生産されたHBTトラウザースで、その裁断は1937年型のウールトラウザース、カーキチノトラウザースと同様でした。
ポケットの形状、配置も同様でウォッチポケットも着いています。
・生地はセージグリーンまたはペイルグリーン等と呼ばれる明るいグリーンです。
・ボタンは13個の星をあしらった金属製のボタンが使用されましたが、一部には樹脂製のボタンも使用されています。
・サイズはウエストとレングス(股下)のインチ表記でウエストサイズは28~34が1インチ刻み、34~44が2インチ刻み、レングスは29~33までの2インチ刻みがありました。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。
・サイズ表記は腰の裏地へのスタンプ及びポケット裏地に縫い付けられたメーカータグに示されています。
なお、1943年1月1日に対ガスフラップが追加されたタイプが「TROUSERS HERRINGBONE TWILL OD SPECIAL TypeI(PQD Spec.322)」(Stock No. 55-T-43310 ~ 55-T-43469)」として限定的に生産されています。※StockNo.は後のタイプと同じ


「TROUSERS HERRINGBONE TWILL OD SPECIAL TypeII(PQD Spec.42C)」(Stock No. 55-T-43310 ~ 55-T-43469)」
「ヘリンボーン(HBT)トラウザース 2ndタイプ (1942年型)」





※「Pvtあべべ@abujian1990」所有の物。

Specification No.42A (1942年10月8日)、42B(1943年1月1日)、42C(1943年3月10日)
※仕様書上は上記3回に分かれているが、その違いは明確ではありません。
最初に生産された1stタイプのHBTトラウザースは、その形状がウールトラウザース、カーキチノトラウザースと同様だったため、フィールドジャケットを着用しない夏季戦闘衣として不向きでした。
その為、陸軍は速やかにポケットの容量を増加させると同時に戦時中のため、生産性を高める簡略化を行うと同時に対ガス戦に備えたガスフラップを取り付けたものを要求します。
実に短期間でそれらの要望が受け入れられ、1942年の秋には新型HBTトラウザースの生産が承認され、調達が開始されました。
以下はその特徴を示します。 ・前面のスラッシュポケット、背面のパッチポケット及び右前面のウォッチポケットは全て廃止され、代わりに側面に大型のカーゴポケットが付けられます。
・前面の合わせの裏に対ガスフラップが追加されます。
・サイズが大きく調整しなおされ、折り返し部分などの縫製が簡易化されます。
・生地は当初セージグリーンまたはペイルグリーン等と呼ばれる明るいグリーンでしたが、1943年1月よりOD7と呼ばれる濃いグリーンが指定されますが、旧来の生地の使用も許可されていた為、生地が残っている限りで並行して生産されました。
・ボタンは13個の星をあしらった金属製のボタンが標準的でしたが、生産数を上げるために他の形状のすべてのボタンの使用が許可されたため、上記で紹介した全てのボタンが使用されています。
・ポケットにはプリーツのあるタイプが存在しますが、その区別はスペック上にはなく、当初から並行生産されていた可能性が高いです。
・サイズはウエストとレングス(股下)のインチ表記でウエストサイズは28~34が1インチ刻み、34~44が2インチ刻み、レングスは29~33までの2インチ刻みがありました。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。
・サイズ表記は腰のポケット内のメーカータグ及びび背面腰裏に縫い付けられたサイズタグに示されています。


「TROUSERS HERRINGBONE TWILL OD SPECIAL TypeII(PQD Spec.42C)」(Stock No. 55-T-43310 ~ 55-T-43469)」
「ヘリンボーン(HBT)トラウザース 3rdタイプ (1944年型)」





※Web管理人「先任」所有の物。

Specification No.42C(1944年4月1日)

※仕様書上はポケット位置の変更という小改訂のみで、スペックNo.は42Cのままとなっています。
2ndタイプのHBTトラウザースは、ポケット容量が大きく、概ね好評であったがポケットの位置が高く、カートリッジベルト等の腰周り装備に干渉する点が不評でした。
その為、陸軍は1944年4月1日に42Cの仕様変更を行い、ポケットの位置をサイズにより3~4インチ下方へ移動させました。
あくまでコレクターとしての区分けですが、これは3rdパターンと呼ばれています。
その他の仕様は42Cのままで、初期のセージグリーンの生地のも存在しますが、多くは濃い緑色=OD7であったと考えられます。
・ボタンは13個の星をあしらった金属製のボタンが標準的でしたが、生産数を上げるために他の形状のすべてのボタンの使用が許可されたため、上記で紹介した全てのボタンが使用されています。
・ポケットにはプリーツのあるタイプが存在しますが、その区別はスペック上にはなく、当初から並行生産されていた可能性が高いです。
・サイズはウエストとレングス(股下)のインチ表記でウエストサイズは28~34が1インチ刻み、34~44が2インチ刻み、レングスは29~33までの2インチ刻みがありました。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。
・サイズ表記は腰のポケット内のメーカータグ及びび背面腰裏に縫い付けられたサイズタグに示されています。



「JACKET HERRINGBONE TWILL」(Stock No. 55-J-424 ~ 55-J-494)」
「ヘリンボーン(HBT)ジャケット 1stタイプ (1941年型)」





※Web管理人「先任」所有の物。


Specification No.45 (1941年4月3日) and No.45A(1942年1月16日)

・最初に生産されたHBTジャケットで、両胸にプリーツ付きの小型ポケットが付いており、後のタイプと比較すると着丈が短くなっていました。
・生地はセージグリーンまたはペイルグリーン等と呼ばれる明るいグリーンです。
・ボタンは13個の星をあしらった金属製のボタンが使用されましたが、一部には樹脂製のボタンも使用されています。
・背面の肩の生地が別パーツで構成され、また腕の付け根にバイスイングがあります。
・下端にベルト状に補強生地があり、前面を2個のボタンで閉じ、両側面には金属製バックルのサイズ調整タブが付きます。
・前面のボタン数はサイズによって7~8個で閉じられました。
・袖にも同様のボタンが2個ずつ付き、サイズを調整できました。
・サイズは胸囲のインチ表記で2インチ刻みの偶数及び着丈を示すR(標準)とL(長い)で示され、当初は36~48まででしたが、SpecNo.45Aでサイズ34Rと34Lが追加されます。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。
・サイズ表記は裏地襟下へのスタンプ及びメーカータグに示されています。




「JACKET HERRINGBONE TWILL」(Stock No. 55-J-414 ~ 55-J-494)」
「ヘリンボーン(HBT)ジャケット Bタイプ (1942年型)」





※「Pvtあべべ@abujian1990」所有の物。


Specification No.45B(1942年11月2日)

1stタイプは縫製が複雑で大量生産の効率が悪い事、野戦服としてはポケット容量が少ない事等を理由に改良される事となりました。
新型のHBTジャケットは服のあちこちで簡素化が計られ、また両胸のポケットが大きく拡大(Kレーションが入るサイズ)されました。
・両胸のポケットにはプリーツがあるタイプと無いタイプが並行して存在します。
・生地はセージグリーンまたはペイルグリーン等と呼ばれる明るいグリーンOD.3です。
・背面肩の生地が別パーツで構成され、また腕の付け根にバイスイングがあります。
・下端のベルト状補強生地が無くなり、同時に下端前面の2個のボタン、両側面のサイズ調整タブも無くなります。
・前面のボタン数は前面で5個、襟元を閉める1個の合計6個で閉じられました。
・袖は折り返しが無くなりましたが、2個のボタンでのサイズ調整はできました。
・サイズは胸囲のインチ表記で2インチ刻みの偶数34~48の9種と着丈を示すR(標準)とL(長い)で示される計18種類です。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。
・サイズ表記は裏地襟下へのスタンプ及びメーカータグに示されています。



「JACKET HERRINGBONE TWILL SPECIAL」(Stock No. 55-J-532-30 ~ 55-J-542-30)」
「ヘリンボーン(HBT)ジャケット Cタイプ スペシャル(1943年型)」





※「Pvtあべべ@abujian1990」所有の物。


Specification No.45C(1943年1月9日)

2ndタイプへの改良後約2か月の後、野戦服として対ガス戦仕様が設計承認されます。
基本的には2ndタイプと変わりませんが、以下の点が追加または変更されました。
・前面の合わせの裏側にフラップとそれを止める3個のボタンが追加されました。
・サイズ表記が生地裏への印刷から、裏側襟下へのサイズタグの取り付けに変更されました。
・ボタンの使用において生産性の確保から様々なボタンの使用が承認されます。
13星金属製が標準的ですが、テント等に用いられた模様の無いタイプ、民間被服で使用されていたドーナツ型、同月桂模様入り、プラスティックボタンと多くのバリエーションが存在しています。

また以下の点は2ndタイプのままとなっています。
・両胸のポケットにはプリーツがあるタイプと無いタイプが並行して存在します。
・生地はセージグリーンまたはペイルグリーン等と呼ばれる明るいグリーン、OD.3です。
・背面肩の生地が別パーツで構成され、また腕の付け根にバイスイングがあります。
・下端のベルト状補強生地、下端前面の2個のボタン、両側面のサイズ調整タブはありません。
・前面のボタン数は前面で5個、襟元を閉める1個の合計6個で閉じられました。
・袖は折り返しは無く、2個のボタンでのサイズ調整はできます。
・サイズは胸囲のインチ表記で2インチ刻みの偶数34~48の9種と着丈を示すR(標準)とL(長い)で示される計18種類です。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。



「JACKET HERRINGBONE TWILL SPECIAL」(Stock No. 55-J-532-30 ~ 55-J-542-30)」
「ヘリンボーン(HBT)ジャケット Dタイプ スペシャル(1943年型)」





※Web管理人「先任」所有の物。


Specification No.45D(1943年3月12日)

2ndタイプスペシャルへの改良後約2か月の後、スペシャルの仕様が更に簡素化され承認されます。
基本的には2ndタイプスペシャルと変わりませんが、以下の点が追加または変更されました。
・背面肩の補強生地が無くなり、同時にバイスイングも省略されます。
・対ガス戦フードを取り付けるためのボタンが2個、襟の裏側に追加されます。
・生地の色彩として、より濃いグリーンのOD.7が指定されます。
※但し、OD.3生地の使用は禁じられておらず、在庫のある限り並行して生産されました。
また以下の点は2ndタイプスペシャルのままとなっています。
・前面の合わせの裏側にフラップとそれを止める3個のボタンがあります。
・サイズ表記は裏側襟下へのサイズタグです。
・両胸のポケットにはプリーツがあるタイプと無いタイプが並行して存在します。

・前面のボタン数は前面で5個、襟元を閉める1個の合計6個で閉じられました。
・袖は折り返しは無く、2個のボタンでのサイズ調整はできます。
・サイズは胸囲のインチ表記で2インチ刻みの偶数34~48の9種と着丈を示すR(標準)とL(長い)で示される計18種類です。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。



「JACKET HERRINGBONE TWILL SPECIAL O.D.Shade 7」(Stock No. 55-J-5308-28 ~ 55-J-509-53)」
「ヘリンボーン(HBT)ジャケット Dタイプ スペシャル O.D.7(1943年型)」





※Web管理人「先任」所有の物。

Specification No.45D(1943年3月12日)
3rdタイプ承認後、補給管理の観点からOD.3生地の物(3rdまで)とOD.7の物(4th)を分けて管理する必要が産まれ、OD.7で製造されたタイプは管理番号が変更されます。
またサイズに32と50が追加されます。
その他は3rdタイプスペシャルと変更ありません。
・背面肩の補強生地、バイスイングはありません。
・対ガス戦フードを取り付けるためのボタンが2個、襟の裏側にあります。
・生地の色彩として、より濃いグリーンのOD.7が指定されます。
・前面の合わせの裏側にフラップとそれを止める3個のボタンがあります。
・サイズ表記は裏側襟下へのサイズタグです。
・両胸のポケットにはプリーツがあるタイプと無いタイプが並行して存在します。
・前面のボタン数は前面で5個、襟元を閉める1個の合計6個で閉じられました。
・袖は折り返しは無く、2個のボタンでのサイズ調整はできます。
・サイズは胸囲のインチ表記で2インチ刻みの偶数32~50の11種と着丈を示すR(標準)とL(長い)で示される計22種類です。
・支給数は訓練期及び太平洋戦線においてはタイプに関わらず2着で、国内の訓練時等は以前のデニムタイプとも混用されました。
・欧州派遣時の支給定数は歩兵に対しては1着でしたが、車輛整備等にあたる兵士にはワンピースタイプの物と混在して2着支給されています。


後にWebサイトにまとめる予定ですが、ブログの方にも分けて掲載して行こうと思います。
人気があればw


参考文献
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM Sec.1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT AUG.1943
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM3-1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT MAY.1946
・U.S.ARMY EUROPEAN THEATER OF OPERATIONS G.I.Collector's Guide Vol.1&2 Henri-Paul Enjames
・Uniform of the U.S.Army Ground Forces 1939-1945 Vol.1-7. Charles Lemons
・二世部隊物語 菊月俊之
・Words collection of Sgt.N military uniform guidance and pointed out 2002-2021
  


Posted by 先任  at 14:21Comments(0)装備被服参考

2020年09月20日

WW2 アメリカ陸軍被服の参考 サービスコート編

WW2 アメリカ陸軍被服の参考

はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍第100歩兵大隊が使用した被服についての参考ページを作成しています。
正確には戦前、1941年のハワイ第298及び299歩兵連隊に所属していた日系兵士が着用したものを含めていますので、第二次世界大戦において歩兵が使用した物、全般にあたります。
BCoに参加しているメンバー個人のコレクションからの参考画像で、特に記載が無い限りは実物の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。

形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
同時にリエナクトメントにおいて、ここに紹介しているような実物を揃える必要もありません。
激しい環境下での使用も行うリエナクトメントにおいては、材質や作りが実物に近い限りレプリカ(リプロダクション)の使用を推奨いたします。

また、名称等はQMCカタログ名と併記して「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

※このページは製作途中です。今後も掲載は増えて行く予定ですが、おそらく私が生きている間に「完成」はしないでしょう。
※使用している写真の内、特に記載の無いものは「Msg. Merwin.J.Toome@bco_100bn」氏のコレクションよりお借りしています。



今回はサービスコート、と呼ばれる制服上着について紹介いたします。
WW2開戦直前にフィールドジャケットが採用されるまでの間、アメリカ陸軍では「制服」と「野戦服」は同一で、区分けはありませんでした。
1926年に採用された初期型のサービスコートはWW1の時代の軍服からの改良で、その後はこれをベースに改良が重ねられて行きますが、通称アイクジャケット等と呼ばれるウールフィールドジャケット「JACKET,FIELD,WOOL,od(STNo.55-J-384-510~55-J-384-940)」が制服として着用されるようになり、1943年11月に生産停止、1944年10月に限定アイテムとなって混在、終戦頃には姿を見かけなくなっていきました。






「Coats,Wool,Service,E.M.,M-1926(Tent. No. 8-31C)」
「M-1926 サービスコート/ウール制服」※1937年型
第1次世界大戦終結後の1926年、時代の変化に伴いそれまでの詰襟軍服から開襟型へと変わって登場したコートで、3度に渡る改変がありました。
最初の改変(8-31A)は1930年2月15日付で生地がメルトンウール製となり、ギャリソンベルト(BELT,LEATHER,ENLISTED MAN'S)やウェブベルト(装備ベルト)をかける金属製のフックが腰側面に追加されました。
2度目の改変(8-31B)は1933年3月27日付でマスタードシェイドのスーツ素材が使用されるようになります。 3度目の改変(8-31C)は1937年9月11日付で生地がウールサージに替わりました。
1939年型(8-31D)とは胸ポケットの角度や襟の形状、エポレットの長さ、背面の裁断等が違います。
1940年以降は1939年型(8-31D)が採用されますが、この1926年型(8-31A/B/C)も支給される事がありました。
サイズ表記は胸囲のインチ表記(1インチ刻み)に加え各サイズに着丈のL(Long)R(レギュラー)S(Short)があります。
支給数は1着(各パターンの中でいずれか)とされていました。






「Coats,Wool,Service,E.M.,M-1926(Tent. No. 8-31D)」-「COAT,WOOL,SERGE,od,18oz(StNo.55-C-69299~55-C-69510」
「サービスコート/ウール制服」※1939年型。
1939年に採用(前述の1926年型からの改変されたウールサージ製のコートです。 当初は表記の通り1926年型の改変「Coats,Wool,Service,E.M.,M-1926(Tent. No. 8-31D)」でしたが、後に「COAT,WOOL,SERGE,od,18oz(StNo.55-C-69299~55-C-69510」と言う扱いに変わります。
採用年からM1939サービスコート等とも呼ばれます。
初期型はM1926と呼ばれるWW1後のサービスコートの流れを汲みますが、腕回りを動きやすくする為に肩背面にバイスイングと呼ばれるプリーツが付き、胸ポケットの角度や襟の形状、エポレットの長さ、背面の裁断等が変わりました。
また補強用の同素材のハーフベルトが腰背面に追加されます。
サイズ表記は胸囲のインチ表記に加え各サイズに着丈のL(Long)R(レギュラー)S(Short)があります。
支給数は1着(各パターンの中でいずれか)とされていました。

「COAT,WOOL,SERGE,od,18oz(StNo.55-C-69299-55-C-69510」
「サービスコート/ウール制服」※1941年型
1941年3月に前述の1939年型から改変されたウールサージ製のコートでやギャリソンベルト(BELT,LEATHER,ENLISTED MAN'S)の支給停止に合わせ、腰側面のベルトフックが無くなりました。
フックの他は特に変化はありません。
なお、1942年6月にMPを除いて支給停止されたギャリソンベルトですが、1943年頃までのキャンプ・マッコイにおいて多くの第100歩兵大隊兵士によって着用が確認されています。
官給を所持していたのか私物だったかは調査中です。
サイズ表記は胸囲のインチ表記に加え各サイズに着丈のL(Long)R(レギュラー)S(Short)があります。
支給数は1着(各パターンの中でいずれか)とされていました。







「COAT,WOOL,SERGE,od,18oz(StNo.55-C-69299-55-C-69510」
「サービスコート/ウール制服」※1942年型
1942年6月、フィールドジャケットの大量生産、支給により戦闘時にはウールサージ製のコートは着用せず、純粋に制服時のみの着用が想定されるようになり、同時に戦時による大量生産の必要からいくつかの部分が改訂されます。
1942年型では肩背面のバイスイングが省略、腰ポケットが簡略化され、よりシンプルなスタイルとなりました。
またサイズ展開も奇数インチの生産を止めています。
そして改訂を重ねたこのコートも1943年11月に生産停止、1944年10月に限定アイテムとなり、通称アイクジャケット等と呼ばれるウールフィールドジャケット(JACKET,FIELD,WOOL,od(STNo.55-J-384-510~55-J-384-940))が制服として着用されるようになって混在、終戦頃には姿を見かけなくなっていきました。
サイズ表記は胸囲のインチ表記で、2インチ刻みの偶数のみに替わり、に加え各サイズに着丈のL(Long)R(レギュラー)S(Short)があります。
支給数は1着(各パターンの中でいずれか)とされていました。


後にWebサイトにまとめる予定ですが、ブログの方にも分けて掲載して行こうと思います。
人気があればw


参考文献
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM Sec.1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT AUG.1943
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM3-1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT MAY.1946
・U.S.ARMY EUROPEAN THEATER OF OPERATIONS G.I.Collector's Guide Vol.1&2 Henri-Paul Enjames
・Uniform of the U.S.Army Ground Forces 1939-1945 Vol.1-7. Charles Lemons
・二世部隊物語 菊月俊之
・Words collection of Sgt.N military uniform guidance and pointed out 2002-2021  


Posted by 先任  at 09:03Comments(0)装備被服参考

2020年08月19日

WW2 アメリカ陸軍被服の参考 帽子編Vol.1

WW2 アメリカ陸軍被服の参考



はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍第100歩兵大隊が使用した被服についての参考ページを作成しています。
正確には戦前、1941年のハワイ第298及び299歩兵連隊に所属していた日系兵士が着用したものを含めていますので、第二次世界大戦において歩兵が使用した物、全般にあたります。
BCoに参加しているメンバー個人のコレクションからの参考画像で、特に記載が無い限りは実物の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。

形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
同時にリエナクトメントにおいて、ここに紹介しているような実物を揃える必要もありません。
激しい環境下での使用も行うリエナクトメントにおいては、材質や作りが実物に近い限りレプリカ(リプロダクション)の使用を推奨いたします。

また、名称等はQMCカタログ名と併記して「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

※このページは製作途中です。今後も掲載は増えて行く予定ですが、おそらく私が生きている間に「完成」はしないでしょう。
※使用している写真の内、特に記載の無いものは「Msg. Merwin.J.Toome@bco_100bn」氏のコレクションよりお借りしています。



今回はギャリソンキャップ、と呼ばれる略帽と、ニットキャップについて紹介いたします。
訓練や日常勤務で使用されてきたキャンペーンハット(HAT,CAMPAIGN,1911)は1942年に廃止となります。
制帽として存在したサービスキャップ(CAP,SERVICE,WOOL,SERGE,ODとCAP,SERVICE,COTTON,KHAKI)は戦時となって1941年に支給停止となり、略帽としてギャリソンキャップ(CAP,GARRISON,odとCAP,GARRISON,KHAKI)を用いる事とされましたが、第100歩兵大隊では43年の中頃までは使用されていました。
夏季及び熱帯地域においてカーキコットン製制服着用時にカーキギャリソンキャップが、3シーズンのウール製制服着用時にODギャリソンキャップが使用される事が多かったですが、兵士達はしばしば野戦服にもギャリソンキャップを着用していました。※非戦闘時



アメリカの帽子サイズは、帽子内側の円(頭部外周円)の直径のインチ表記であり、計算すると概略次のようになります。
外周(cm)÷3.2(円周率)÷2.5(インチ換算)=サイズ表記(インチ)。これを基にしたサイズ表は下記の通りです。



※必ずしもサイズフィットを保証するものではありません。欧米人の頭部は日本人より先端が細く、帽子も楕円です。
※軍の帽子は現代の感覚より多少キツ目が適正サイズです。特に髪が長い場合は本来の適正サイズが小さく感じるでしょう。
※私見ですが、サイズ違いの帽子はめっちゃ格好悪いです。適正サイズの着用をお勧めします。

「CAP,GARRISON,od(StNo.73-C-18170~73-C-18194)」
「ODギャリソンキャップ」




秋から冬季を経て、春までの期間、基本的な制服時等に着用するウールサージ製の帽子です。
ギャリソン、とは駐屯地(派遣地)の意味で、元々は第1次世界大戦時の派遣兵士が使用した「OVERSEAS CAP」とされています。
折りたたんでベルトやエポレットに挟んでもかさ張らないのも特徴です。
後述の「ODウールサービスキャップ(CAP,SERVICE,WOOL,SERGE,OD)」の支給停止に伴い、1941年採用(航空隊は1940年)から終戦まで幅広く使用されました。
当初は兵科を示すパイピングが付いていましたが(後述のPX品参照)、1944年に廃止されます。
第100歩兵大隊の兵士はハワイから寒冷地であるキャンプマッコイに来た際に支給されたためか、パイピングの付いた官給ギャリソンの着用が見られません。
またアメリカ陸軍ではクレスト、等とも呼ばれる部隊DIをギャリソンキャップ左前面に付ける事も多くありましたが、第100歩兵大隊では戦時中に部隊DIが無く(通常は連隊でDIを制定する)、1945年頃に第442連隊戦闘団のDIが支給されるまで付けない事がほとんどでした。
サイズ表記は上記帽子サイズです。
支給数は1枚とされていました。



「CAP,GARRISON,od(PX)」
「PX-ODギャリソンキャップ(私物)」




秋から冬季を経て、春までの期間、基本的な制服時等に着用するウールサージ製の帽子で、PX(基地、キャンプ等にある売店)で兵士達が自費で購入したものです。
後述の「サービスキャップ(CAP,SERVICE,WOOL,SERGE,OD)」の支給停止に伴い、1941年の採用から終戦まで幅広く使用されました。
歩兵科を示すライトブルーのパイピングは官給品では1944年に廃止されましたがPX品には付いた物がほとんどです。
第100歩兵大隊の兵士はハワイから寒冷地であるキャンプマッコイに来た後、多くがこのような私物のタイプを着用しています。
またアメリカ陸軍ではクレスト、等とも呼ばれる部隊DIをギャリソンキャップ左前面に付ける事も多くありましたが、第100歩兵大隊では戦時中に部隊DIが無く(通常は連隊でDIを制定する)、1945年頃に第442連隊戦闘団のDIが支給されるまで付けない事がほとんどでした。
サイズ表記は上記帽子サイズです。


「CAP,GARRISON,KHAKI(StNo.73-C-18000~73-C-18024)」
「カーキギャリソンキャップ」




夏季及び熱帯地域において、基本的な制服時等に着用するカーキコットン製の帽子です。
ギャリソン、とは駐屯地(派遣地)の意味で、元々は第1次世界大戦時の派遣兵士が使用した「OVERSEAS CAP」とされています。
折りたたんでベルトやエポレットに挟んでもかさ張らないのも特徴です。
後述の「カーキコットンサービスキャップ(CAP,SERVICE,COTTON,KHAKI)」の支給停止に伴い、1941年採用から終戦まで幅広く使用されました。
後に第100歩兵大隊所属となる日系兵士は当初、ハワイで訓練及び勤務についていたため歩兵科を示すライトブルーのパイピング付き「カーキギャリソンキャップ」を着用していました。
1944年にパイピングが廃止された後もしばらくは使用していましたが、ハワイから寒冷地であるキャンプマッコイに来た際にはウール制服が標準となりカーキ制服は使用しなくなります。
その後、終戦後や戦中に前線からハワイに帰還した際は、またコットンカーキ制服が使用されるようになりましたが、その時は後述の私物のタイプが主流となります。
サイズ表記は上記帽子サイズです。
支給数は1枚とされていました。



「CAP,GARRISON,KHAKI(PX)」
「カーキギャリソンキャップ(私物)」




夏季及び熱帯地域において、基本的な制服時等に着用するカーキコットン製の帽子でPX(基地、キャンプ等にある売店)で兵士達が自費で購入したものです。
歩兵科を示すライトブルーのパイピングは官給品では1944年に廃止されましたがPX品には付いた物がほとんどです。
後述の「カーキコットンサービスキャップ(CAP,SERVICE,COTTON,KHAKI)」の支給停止に伴い、1941年採用から終戦まで幅広く使用されました。
後に第100歩兵大隊所属となる日系兵士は当初、ハワイで訓練及び勤務についていたため歩兵科を示すライトブルーのパイピング付き「カーキギャリソンキャップ」を着用していました。
1944年にパイピングが廃止された後もしばらくは使用していましたが、ハワイから寒冷地であるキャンプマッコイに来た際にはウール制服が標準となりカーキ制服は使用しなくなります。
その後、終戦後や戦中に前線からハワイに帰還した際は、またコットンカーキ制服が使用されるようになりましたが、その時はこの私物のタイプが主流となります。
またアメリカ陸軍ではクレスト、等とも呼ばれる部隊DIをギャリソンキャップ左前面に付ける事も多くありましたが、第100歩兵大隊では戦時中に部隊DIが無く(通常は連隊でDIを制定する)、1945年頃に第442連隊戦闘団のDIが支給されるまで付けない事がほとんどでした。

この写真ではハワイ第299歩兵連隊のDIを着用しています。※全員が付けていたわけではありません。
サイズ表記は上記帽子サイズです。



「CAP,WOOL,KNIT,M-1941(StNo.73-C-64660~73-C-64680)」
「M-1941ウールニットキャップ」




冬季及び寒冷地域において、ヘルメットインナーとして支給されました。
日本ではジープ帽等と呼ばれる事が多く、また当時の兵士(一部?)はビーニーとも呼んでいたそうです。
ウールニット製で伸縮性があり、耳まで覆う事が可能で防寒性がありました。

ヘルメットインナーとしてではなく、単体での着用は禁じられていましたが多くの兵士が野戦で着用し、WW2アメリカ兵の代名詞的なキャップとなりました。
ウールニットキャップは前線の兵士達によって様々に被られました。
ウールニットキャップは冬季の前線では裏返しにして被る事が散見されます。※右下部画像参照
これは寒冷時期においてより深く被る事ができ、耳を覆える範囲が広くなるからであろうと考えています。
サイズ表記は伸縮性があるためS,M,Lの3サイズです。





参考文献
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM Sec.1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT AUG.1943
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM3-1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT MAY.1946
・U.S.ARMY EUROPEAN THEATER OF OPERATIONS G.I.Collector's Guide Vol.1&2 Henri-Paul Enjames
・Uniform of the U.S.Army Ground Forces 1939-1945 Vol.1-7. Charles Lemons
・Words collection of Sgt.N military uniform guidance and pointed out 2002-2021
・二世部隊物語 菊月俊之
  


Posted by 先任  at 21:58Comments(3)装備被服参考

2020年08月14日

WW2 アメリカ陸軍被服の参考 下着編

WW2 アメリカ陸軍被服の参考


はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍第100歩兵大隊が使用した被服についての参考ページを作成しています。
正確には戦前、1941年のハワイ第298及び299歩兵連隊に所属していた日系兵士が着用したものを含めていますので、第二次世界大戦において歩兵が使用した物、全般にあたります。
BCoに参加しているメンバー個人のコレクションからの参考画像で、特に記載が無い限りは実物の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、被服や装備品にはさまざまなバリエーションや改良などが存在していますし、それらをすべて紹介するのは困難です。
私や友人の所有する物の中で、比較的イメージして頂きたい物だけを載せています。

形状や色等が違うようなので「使用できるかどうかわからない」と思われる物は事前にご相談下さいますようお願い致します。
ここに載せた全てを用意する必要はありません。あくまで参考であり、レギュレーションの範囲内であればOKです。
同時にリエナクトメントにおいて、ここに紹介しているような実物を揃える必要もありません。
激しい環境下での使用も行うリエナクトメントにおいては、材質や作りが実物に近い限りレプリカ(リプロダクション)の使用を推奨いたします。

また、名称等はQMCカタログ名と併記して「日本で良く聞く呼び方」を選んでいるつもりです。
「あれが紹介してない」「これは間違い」などのご意見がございましたら、教えて頂けると大変助かります。
また、装備写真などを頂けるのも助かります。

※このページは製作途中です。今後も掲載は増えて行く予定ですが、おそらく私が生きている間に「完成」はしないでしょう。
※使用している写真の内、特に記載の無いものは「Msg. Merwin.J.Toome@bco_100bn」氏のコレクションよりお借りしています。







基本的な生地の解説

・COTTON(コットン):綿製生地です。
・WOOL(ウール):羊毛生地です。
・WOOL,SERGE(ウールサージ):羊毛で作られた生地を毛羽立たないよう加工した生地です。
・FRANNEL(フランネル):羊毛を軟らかく薄く織った生地です。
・MOHAIR(モヘヤ):山羊毛を使った軟らかい生地です。
・HERRINGBONE TWILL(ヘリンボーンツイル):日本では杉綾織とも呼ばれるコットン生地を交差して織り上げた生地でHBTと略称されます。
・DENIM(デニム):綿製の藍色の縦糸と染色してない横糸を綾織りにした生地です。
・COTTON POPELINE(コットンポプリン):綿製の密度の高い織物で、薄手の生地に使用され多少の防水性を持ちます。
・DUCK TWILL(ダックツイル):かなり厚手の綿、平織り生地でとても丈夫です。冬季衣料等に使用されました。
・CHINO CLOTH(チノクロス):無地の厚手綿生地の事ですが、特にカーキサマーコットンの生地を指します。
・MUSTARD CLOTH(マスタード):カラシの事です。ウールシャツやトラウザースがそのような色合いを持つ事で通称されています。





UNDERWEAR 下着



下着はいうまでも無く基本的な被服です。
シャツ、ズボン等を纏えば見えない部分でもありますので省略しがちな点ではありますが、リエナクトにおいてはとても重要です。
保温性や動き、また排泄時などの体感に大きく影響を与えます。
実物はそれなりに高価ですが、海外製のリプロダクションも多く出ています
白色のものとODのものがあり1943年からODの支給が始まりますが、前線では混在していました。
ただし1943秋以降の欧州の前線において一般的なのはODのものであったと推察します。



「Drawers,cotton,shorts,od(StNo.55-D-400~55-D-415)」
「ODアンダードラウアー」






いわゆるパンツです。コットン製で伸縮性は無く、前面の3個のプラスティックボタンと側面のサイズ調整紐があります。
納入会社によって多少の差異がありますが、基本的には変わりません。
前面は”オープン”になりますが、後述のアンダーシャツで覆います。※上記画像参照。
1943年までは白色の物「Drawers,cotton,shorts,/white(StNo.55-D-420-55-D-450)」があり、1943頃からODの支給が開始され、終戦まで白色と混在して使用されていました。
サイズ表記はウエストのインチ表記で、2インチ刻みの偶数でした。
支給数は3枚とされていました。

「Undershirt,cotton,summer,sleeveless,white(StNo.55-U-4930~55-U-4962)」



「ホワイト サマースリーブレスアンダーシャツ」

戦前から支給されていたコットン製のアンダーシャツ、タンクトップで、伸縮性はありません。
納入会社によって多少の形状の差異がありますが、基本的には変わりません。
首元、肩紐の形状、丈等が国内で普通に販売されているタンクトップとは異なりますが、当時のアメリカで流通していた下着と変わりありません。
アンダーシャツを着て、その上から押さえるようにアンダードラウアーを穿きます。※上記ODの画像参照。
1943頃から支給が開始されたODのものと混在して使用されていました。
サイズ表記は胸囲のインチ表記で、2インチ刻みの偶数でした。
支給数は3枚(ODと合わせて)とされていました。
※「Pvtあべべ@abujian1990」氏のコレクションよりお借りしています。



「Undershirt,cotton,summer,sleeveless,od(StNo.55-U-4830~55-U-4862)」
「ODサマースリーブレスアンダーシャツ」






コットン製のアンダーシャツ、タンクトップで、伸縮性があります。
納入会社によって多少の色、形状の差異がありますが、基本的には変わりません。
首元、肩紐の形状、丈等が現在国内で普通に販売されているタンクトップとは異なります。
アンダーシャツを着て、その上から押さえるようにアンダードラウアーを穿くよう、丈が長くなっています。※上記画像参照。
1943頃からODの支給が開始され、終戦まで前述の白色と混在して使用されましたが、欧州戦線ではこのODのタイプが主流だったと考えています。
サイズ表記は胸囲のインチ表記で、2インチ刻みの偶数でした。
支給数は3枚(ホワイトと合わせて)とされていました。



「SOCKS,WOOL,LIGHT,od(StNo.73-S-32214~73-S-33235)」
「ODウールライトソックス」




主に夏場や熱帯地域にて使用された靴下です。
ウールとありますが、コットンとの混毛靴下で伸縮性があり、1943に下記のクッションソールソックスが支給されるまで主用されました。
元々白だった物が染め直されたものも存在するようです。
冬季や北部では「SOCKS,WOOL,HEAVY,od(StNo.73-S-32172-73-S-32200)」「ODヘビーウールソックス」が支給、使用されました。
サイズ表記は足の長さのインチ表記です。
支給数は5足(ソックス合計)とされていました。
※Web管理人「先任」所蔵の物。

「SOCKS,WOOL,LIGHT,WHITE(StNo.73-S-33266~73-S-33302)//SOCKS,COTTON,NATURAL(CONTRACT NXsx82732)」
「ホワイト ウールライトソックス」




主に夏場や熱帯地域にて使用された靴下です。
ウールとあります、がコットンとの混毛靴下で伸縮性があり、1943に下記のクッションソールソックスが支給されるまで主用されました。
冬季や北部では「SOCKS,WOOL,HEAVY,WHITE(StNo.73-S-32231-73-S-32256)」「ホワイトヘビーウールソックス」が支給、使用されました。
サイズ表記は足の長さのインチ表記です。
支給数は5足(ソックス合計)とされていました。
※Web管理人「先任」所蔵の物。

「SOCKS,WOOL,CUSHION SOLE(StNo.73-S-31820~73-S-31852-od)」
「ODウールクッションソールソックス」






ウール50%、コットン50%の混毛靴下でクッション部分は100%ウールで伸縮性は少ないです、
1943年に野戦用靴下として導入され、グレーの物「SOCKS,WOOL,CUSHION SOLE,GRAY(StNo.73-S-31760-73-S-31792-Gray)」もあり、終戦まで使用されました。
サイズ表記は足の長さのインチ表記です。
支給数は5足(ソックス合計)とされていました。

下段の画像は上からWW2実物、レプリカ、60年代頃の米軍実物を比較したものです。
代用される際の参考にして下さい。


後にWebサイトにまとめる予定ですが、ブログの方にも分けて掲載して行こうと思います。
人気があればw


参考文献
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM Sec.1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT AUG.1943
・U.S.ARMY ARMY SERVICE FORCES CATALOG QM3-1 QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG ENLISTED MAN'S CLOTHING AND EQUIPMENT MAY.1946
・U.S.ARMY EUROPEAN THEATER OF OPERATIONS G.I.Collector's Guide Vol.1&2 Henri-Paul Enjames
・Uniform of the U.S.Army Ground Forces 1939-1945 Vol.1-7. Charles Lemons
・Words collection of Sgt.N military uniform guidance and pointed out 2002-2020
・二世部隊物語 菊月俊之   


Posted by 先任  at 09:09Comments(0)装備被服参考

2020年06月03日

WW2 アメリカ陸軍 レギンス着用方法

WW2 アメリカ陸軍 レギンス着用方法

はじめに

第二次世界大戦において、アメリカ陸軍がポピュラーに使用したレギンスの着用方法についての参考で、本Webサイトの記事の転載です。
このようなやり方が規定されていましたが、絶対にこの通りでないとダメという意味を主張するものではありません。
実際の前線においては、兵士達がおのおの工夫した着用方法をする場合もあるでしょうし、利便性から省略している場合もあるでしょう。
しかしながら、陸軍に入隊した兵士達が教育を受けるのはこの方法です。
是非、基本的な規定を学んでから応用をされることをお勧めいたします。
なお、レギンスの目的は足首の固定(捻挫等からの防御)、靴に砂、石、水等の侵入防止の他、下肢の固縛によって血の流れを抑制し、血液のうっ滞を防ぐ効果があります。
是非、装備の意味も理解した上で適切な着用をしていただけると嬉しく思います。
A reference on how to wear leggings that were popularly used by the US Army during World War II.
Such a method was prescribed.
However, if this is not the case, it does not claim to be useless.
On the real front.
In some cases, the soldiers will have their own way of wearing them.
It may be omitted for convenience.
However, this is how soldiers enlisted in the Army receive education.

By all means, we recommend that you learn the basic rules before making special cases.
The purpose of leggings.
Ankle fixation (protection from sprains, etc.),In addition to preventing sand, stones, water, etc. from entering the shoes By binding the lower limbs, the blood flow is suppressed, and it is effective in preventing blood stasis.
We hope you will understand the meaning of the equipment and wear it properly.



LEGGINS, CANVAS, M-1938, DISMOUNTED, OD.
Stock No.72-l-61883/72-l-61903



アメリカ陸軍 M-1938レギンス
第2次世界大戦中、もっともポピュラーなレギンスで全アメリカ陸軍将兵が使用した、とあります。
国内では実物の流通もありますが、海外製のリプロダクションも存在します。
サイズは大きさをしめす1(小)~4(特大)号の他、丈の長さを示すS(Short),R(Regular),L(Long)の表記があります。
※QMのカタログにはありますが、私は4号を見た事はありません。
※海軍(海兵)のレギンスのサイズ表記は違いますのでご注意下さい。

US Army M-1938 leggings.
It was used by all US Army generals in the most common leggings during World War II.

In addition to the 1 (small) to 4 (extra large) numbers that indicate the size, there are S (Short), R (Regular), L (Long) notation indicating the length of the length.
*Although it is in the QM catalog, I have never seen issue 4.
※ The size representation of the leggings of the Navy (Marine) is different Please note.




レギンスを着用する前に準備をします。
レ-ス(編紐)の端は写真のように通し、留め結びをして止めます。
靴ごと足を通せるように下端から余裕を持たせておきます。
Prepare before wearing leggings.
Thread the end of the lace as shown in the picture and fasten it with a knot.
As Toseru the shoes for each foot, the race will leave a margin from the lower end.




足下のストラップは後から付けれますが、先に金具に先端を通しておけば楽に装着できます。
You can attach the straps under your feet later.
However, you can easily attach it by passing the tip through the metal fitting first.




靴(サービスシューズ)はレースをしっかりと編んでおきます。これらは見た目だけでなく、怪我の防止や長時間の行動にも必要です。
For service shoes, make sure that the lace is knitted firmly.
These are necessary not only for appearance but also for injury prevention and long-term action.




レギンスの開いている部分(金具等がある側)を外側にします。
これは間違えて内側にあると、格好悪いだけでなく、足が絡まって怪我等にもなりますので間違えないようにして下さい。
左右については、フック金具が後ろ側に来るようにしてください。
たまに「R」「L」表記で右左と言う方が居られますが表記は「Regular」と「Long」です「Short」もあります。
長めにしたレースと下のストラップを靴のつま先から通します。

The part where the leggings are open (the side with the metal fittings) is on the outside.
If you make a mistake on the inside, you may get injured by getting your legs entangled, so please be careful.
There are left and right leggings.
Make sure the hook metal fittings come to the back.
"R" and "L" are not "right and left" but "Regular" and "Long". There is also "Short".
Thread the lace and strap under you long from the toe of the shoe.




下から3,4個フックにかけて行きます。 この時点では強く締める必要はありません。仮留めです。
なお、レースは傷みやすいのでフックにかけて引っ張らないよう注意してください。

From the bottom, hook up to 3 or 4 hooks.
There is no need to tighten it at this point. It is temporary fastening.
Be careful not to pull on the hook as the lace is easily damaged.






仮留めしたら、下のストラップも前後の位置とレギンスの上下の位置を決めます。
レギンスは人間の足の形状に合わせて作られていますので、細い所太い所があります。
上下にずらす感じで、ピッタリと合う部分を見つけて下さい。
位置が決まったら下のストラップを下に引いて締めます。
Once temporarily fastened, position the lower straps back and forth and the leggings up and down.
The leggings are made according to the shape of the human foot, so there are thin and thick parts.
Find the position that fits perfectly by moving it up and down.
Once in position, pull the bottom strap down and tighten.




締めた下のストラップの端を再度金具に収めます。
私の靴は11D(28cm)です。 この時点でストラップが届かないと言う場合、位置が正しくない可能性があります。
Reattach the bottom end of the tightened strap to the bracket.
My shoes are 11D (28cm). If you say that the strap does not reach at this point, the position may be incorrect.




レギンス位置を決めた状態で、サ-ビスシューズのアイレットが2~3個見えるか見えないかくらいが適正です。
In a state that decided the leggings location, service - much do not see or eyelet of the screw shoes two or three look is appropriate.






ズボン(トラウザース)の裾を折込みます。外側から内側へ折込むのが当時ポピュラーです。
裾はレギンスに2inch(約5cm)も入れば大丈夫ですが、この処理がいい加減だとレギンスを適正に締めれません。
※スボン(トラウザース)は裾を多少上げて締め(後から引き上げる事も可能ですが、裾までレギンスの外に出てしまうと、装着をやり直さなければなりません)、膝に余裕を持たせる方が動きやすいでしょう。
また膝部分に余裕がある事で、ズボン自体の損耗も防げます。
Insert the trousers hem.
At that time it was common to fold from the outside to the inside.
The hem is ok if you put 2inch (about 5cm) in the leggings.
If this process is too loose, the leggings cannot be tightened properly.
* It may be easier to move the trousers by slightly raising the hem and tightening them so that there is room in the knees.
In addition, since there is room in the knee area, it is possible to prevent damage to the trousers itself.




ズボン裾を織り込んだら、再度レースを編み上げて行きます。
Once the trousers hem has been folded in, the lace is knit again.




途中でレースが届かない、と言う場合レギンスの大きさ、レースの長さが正常であるならば締め付け不足が考えられます。
仮留めの部分から順番にしっかり締めて編み上げましょう。

Are the laces short?
If the size of the leggings and the length of the lace are normal, insufficient tightening is possible.
Tighten them in order from the temporary fastening part and knit them.



このレギンスは3Rですが、かなり大柄(足も大きい)な私が締めてこんな感じです。
たいていの日本人は3R以下のレギンスを適正に着用できると思います。




さて、末端の処理です。
ここをきっちりとやって居られる方は、あまり居ないのではないでしょうか?
実は私も普段は適当にやってますw
前側最上段の穴に裏から通した末端を、後ろ側の上段にある2個の穴のうち、後ろの方に表から入れます。
Now for the end treatment.
I suppose there aren't many people who can do this exactly.

Insert the end passed from the back into the hole on the top of the front side from the front to the back of the two holes on the back upper side.




次に後ろ側の前側の穴に裏から通し、締めます。
Then insert the hole in the front side of the back side from the back and tighten.




締め切った所で通してきたレースに一結び(二結びや他の結び方でしっかり止めてしまうと、今度外す時が大変です!)
When you have finished tightening, one in lace that has been through knot.
(If you fasten it with two knots or other knots, it will be difficult to remove it next time.)




最後に末端を前側レギンスの裏側へ収納し、完成です。
Finally, accommodating the end to the back side of the front leggings, is completed.




余ったズボンの裾に余裕を持たせ結び目を隠すようにたるませるて、せっかく覚えた正規の結び方も隠しましょう。
膝(とズボン自体)への負担が減り、動きやすくなります。

以上ですが、いかがでしたでしょうか?
ご意見、ご感想、指摘事項等ありましたらメールやTwitterで随時受け付けております。

Allow extra trousers hem and allow it to slacken.
It reduces the strain on the knees (and the trousers themselves) and makes them easier to move.

that's all.
Will did you think?
If you have any suggestions, comments, or suggestions, please feel free to send us a message.



Reenactment Group "BCo/100Bn" 本Webサイト
の方も更新しています。
WW2アメリカ陸軍の動作、教練等を解説する「教育参考資料」ページを開設。
基本教練「徒手動作」、基本教練「行進」、番外編「レギンス装着法」をUP。
  


Posted by 先任  at 17:00Comments(0)教練会(Training)装備被服参考

2020年01月18日

2020-新春Vショー兵営展示

皆様、遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。
本年もリエナクトメントグループ「BCo/100Bn」をよろしくお願いいたします。



さて、早速ですが年明け1月12,13日に東京浅草で開催されました第92回ヴィクトリーショーにて展示参加してまいりました。


BCo展示ブース全景

今回の展示のテーマは「兵営」です。

アメリカ陸軍では(他の軍隊でもだいたい似通っているとは思いますが)入隊した兵士が最初に与えられるのはベッドと寝具。
まずはベッドメイキングから軍隊の生活は始まります。
後に身体サイズ等が計測され官給品の被服、靴、そして訓練の進みに応じて装備が支給されて行きます。











展示では実際に2台のWW2頃の軍用ベッドを設置し、ベッドメイクを実施いたしました。







更にベッド脇に設置するフットロッカー下着や日用品の官給品をすべて実物で定数通りに配置。




ベッドには背嚢装備1式がかけられます。






ベッド下には支給された靴、営内靴、オーバーシューが並びます。






また支給被服についてはワードローブ正規通りに配置して兵営の一部を再現いたしました。








ベッドのうち1台は生活風景再現のため、小銃を整備している状態に。








更に時間帯により、縫い物をしている兵士、カードギャンブルに興じる兵士、また眠る兵士などを配置して、生活再現の一端を展示いたしました。






また展示ブース脇には活動紹介とガイドコーナーとして、これまでの活動を掲載雑誌や動画で紹介し、同時に日系部隊やアメリカ軍装備に関する資料を閲覧できるように設置いたしました。




2日間で大変多くの方々に展示を見ていただき、またお話させてもらう事ができました。
ご来訪下さった皆様、ありがとうございました。
また今回残念ながらお会いできなかった方々も、今後も機会されば各種展示を実施していく予定ですのでよろしくお願いいたします。


最後に今回の展示で嬉しかったエピソードを紹介致します。
同様の内容はTwitterにも掲載したものです。

2日目の夕方頃、年配のアメリカ人男性がブースに来られました。
耳がまったく聞こえないそうです。同じく耳が聞こえない日本人女性を伴っておられました。
彼は展示してあるベッドの前で毛布の角を指し、身振りで「これが出来てないと毛布を剥がされる」と言い、更にフットロッカーやワードローブを差して「整頓がとても良い」「すごく懐かしい」と言われました。

また我々の活動の写真を見ながら執銃動作をしてくれました。
「日本でこんな良い物が見れるとは」と喜んでる事を伝えて下さいました。
主にスマホを使った筆談での会話でしたが、私は彼の経歴を聞く事はできませんでした。
しかし間違い無く、veteranだと思います。

今回の展示は、この方に見て貰えただけでも、する価値があったと思いました。
私の思う、リエナクトの意義について間違っていないとあらためて確信する事ができました

蛇足かもしれませんが追記。
通常、軍隊では聴覚に障害がある場合は入隊できません。
つまり彼は入隊後になんらかの理由で聴力を失ったものと思います。

また彼は初日は単独で、二日目は記述の通り女性(奥さんではないかと思います)を伴って再度来られました。
どうしてもこの展示、おそらくは自身が経験した軍隊の姿を見せたかったのだなと思います。

リエナクトメントは、すべからく真面目にやらなければ、等と言う気はありませんが、やはり見る方は見ている、と言う事を念頭に置く必要があると改めて認識しました。






  


2019年10月03日

第90回ヴィクトリーショー展示レポート

2019年3月31日に東京浅草の都産貿台東館で開催されました日本最大のミリタリーマーケットショーイベント「第90回ヴィクトリーショー」にてReenactmentGroup”BCo/100Bn”が実施しました展示に関するレポートです。
※半年前の話で済みません。。。。







リエナクトメントの啓蒙とWW2アメリカ陸軍に関する普及、そして同時にハワイ日系アメリカ人部隊「第100歩兵大隊」とその再現に関する宣伝を目的とし、展示を実施いたしました。
今回のテーマは工兵と衛生です。




まず、工兵として最もイメージしやすい土工具を展示。
一部戦後同型の物がありますが、すべてアメリカ陸軍で使用されていたものです。












爆薬等の工兵機材と、教範を展示。
爆薬類に関しては安全化された物、またはダミーを使用して展示しています。










衛生兵の装備と、衛生資材。
ほぼオリジナルですが、一部薬品等でダミーを使用しています。

前回の展示が歩兵に関するものでしたので、今回はまた違った形で、という事で工兵と衛生に関する展示を実施いたしました。
また今後も機会があれば展示等も行なっていきたいと思います。


イベント情報
FUBAR
WW2のリエナクトメント「寄り」なイベントとして11月23,24日に岐阜県多治見市のサバイバルゲームフィールド「マルチワールド」で開催されます。
現在参加者を募集しています。
私も参加予定です。
BCoとしての参加を希望される方はご連絡下さい。
服装、装備の統一や機会教育、また糧食などについて調整したいと思います。

  


2019年01月11日

新年Vショー展示 2019 Vol.2

実は展示に関しては前回のレポートで終わってるんですが、活動紹介として少しネタが残ってるのでお付き合い下さい。







日曜日の朝、多少の余裕ができるのでBAR(Browning M1918 Automatic Rifle)の訓練を実施しました。










射撃姿勢、運用要領等当時の教範に則って実施します。
BARは1人でも運用可能な「自動小銃」(※軽機関銃ではない)ですが、通常は3名1組で行動します。
射手、助手、弾薬手です。

サバイバルゲームでは、まぁ自由に使えば良いんですがリエナクトメントにおいてはそれぞれの軍隊、それぞれの火器に、きちんとした「使い方」が存在します。
もちろん全てが教範通りではなく、戦地でのモデファイも存在するでしょう。
しかし、それも教範に則った基本を理解、実践できる上での事で初めてリアリティが増します。
アメリカ軍の教範の多くは今やインターネット上で無料で見ることが可能です。
”指摘おぢさん”に指摘されないよう、是非訓練してみて下さい。
自身で調べるのが面倒な方は、BCoにお越し下さい。








おまけ。
実物毛布を切断したマフラーを売りに来たセラーさんから購入。
せっかくなので実物裁縫鋏で更に切断。
余った部分で銃の「手入れ」を行いました。




おまけ2
土曜日の夜は新年会を兼ねた、お誕生日会を行いましたw



以上で2019年1月、Vショー展示レポート終了です。
いよいよ明日からは「本当の」BCo新年会











またレポートでお会いしましょう。





  


2019年01月10日

新年Vショー展示 2019 Vol.1

皆様、新年明けましておめでとうございます。
2019年、本年も我々BCo/100Bnと管理人、先任をよろしくお願い致します。



さて、新年早々ではありますが東京浅草にて1月5,6日に開催されました第89回ヴィクトリーショーに出展、展示を実施致しましたので、そのレポートから今年は始めたいと思います。

今回の展示テーマは「歩兵・小銃分隊」でした。
あまりにスタンダードではありますが、その実、小銃分隊に必要な被服装備も大変多岐に渡ります。
その内容について、実際に展示した写真と併せてご紹介致します。



今回の展示においては案内人もまた「展示物」となりました。
第100歩兵大隊の欧州戦線における代表的な軍装、装備でガイドに立ちました。
メンバー全員がガイド慣れしているわけではなく、せっかくご来訪、ご質問などされてもきちんと対応できなかった点も多々あったと思いますがご容赦下さい。








今回の展示は「小銃分隊」がテーマでしたが、カテゴリ別に被服(下着、シャツ、パンツ、ヘルメット、靴、防寒衣料)、装備、火器・武器、化学戦装備、糧食関連、日用品等に絞ってほとんどのアイテムをWW2当時の実物で展示しました。 










代表的な野戦服・フィールドジャケットとレインコートをトルソーに着せて展示。
またヘルメット、及び帽子についても展示致しました。
ヘルメットは「初期型M1ヘルメット」等とも呼ばれるフィックスベイル(チンストラップの固定部分が溶接で本体に止められており、また形状も若干他のM1ヘルメットと違う)を展示。




代表的な装備として背嚢(ハバーサック、1942パック)、弾帯(M1923 Cal.30カートリッジベルト、 ※よく「ガーランドベルトと呼ばれるが、M1ライフル専用のカートリッジベルトは存在しない。 M1937 BARカートリッジベルト)、エントレンチングツール(M1910ショベル、M1943ショベル、M1910ピックマトック)、M1938ワイヤカッター。
そして海外派遣者に支給されるサービスシューズ(ReverseUpper)とM1938レギンスの組み合わせ、CombatBoots(バックルブーツとよく呼ばれる)。






下着類。
アンダーシャツ(夏・冬)、ドラウアーショーツ、ドラウアー、靴下(通常、クッション、スキー)に関して初期の白色の物と戦中のODのものとを展示。
また防寒衣類として、グローブ、マフラー、セーター、オーバーコート及びウールニットキャップを展示。




テント(シェルターハーフ)、毛布及びファーストエイドパケットについての展示。




ガスマスク(ライトウェイト)に関して。




火器に関して。
小銃分隊において標準的に携行している物だけを展示しました。
なお弾薬や銃剣等はレプリカを展示しています。
また銃(M1Rifle、03Rifle、B.A.R.)は無可動実銃です。




糧食展示。
メスキット(食器)と水筒、水筒カバー、水筒カップ。
携帯レーションについては実物と、当方で作製し実際に再現キャンプ等で使用するリプロダクションを併せて展示しました。






日用品、生活雑貨。
これらはあまりに多岐に渡り、完全なコレクション等は不可能な分野かもしれません。
その中で歩兵が持って歩けるもの、と言う視点からも是非覗いて欲しいと思います。


1回で終わらせるつもりでしたが。。。。第2項に続きますw