2021年06月12日

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

アメリカ陸軍 第442連隊戦闘団 Vosgesの戦闘  Vol.4をお送りいたします。

前回までのVol.1Vol.2では第442連隊戦闘団の1944年9月29日、マルセイユ上陸からBruyeres解放、10月26日のBiffontaine解放、そしてBelmontとへの後退までを書きました。また、Vol.3では「失われた大隊」が包囲された経緯について、第141連隊の詳報より抜粋し記載致しました。
今回はBruyeres解放後1944年10月26日~31日までの間に行われた「失われた大隊救出の戦闘」のうち、初日の連隊戦闘団の行動に関して記述いたします。

参考資料については前回同様「ヴォージュ(Vosges)の戦闘及び「失われた大隊救出」における第442連隊戦闘団の戦死者数について」と同様ですので、そちらをご参考下さい。部隊記録等の所蔵元については「アメリカ国立公文書記録管理局 National Archives and Records Administration (NARA) Records」となっております。なお、部隊の行動図は記録から可能な限りで起こしましたが、細部は正確ではない可能性があります。
また、現在のGoogleMapを引用し使用していますので、1944年当時とは地形が異なる可能性があります。

失われた大隊救出に関する戦闘は包囲への攻撃主力であった第100大隊及び第3大隊と、結果的に牽制及び側防として働いた第2大隊の行動に分かれます。

当初の連隊の任務はSt. Dieに至る森の掃討でした。
この地域に展開していたドイツ軍はドイツ側の記録及び第442連隊戦闘団を含む第36歩兵師団の捕虜等から得た情報からの記録によると、下記の通りとなります。

上級部隊
・G軍集団(Hermann Balck装甲兵大将)
 ・第19軍(Friedrich Wiese歩兵大将)
  ・第Ⅳ空軍野戦軍団(Gerhard Hoffmann高射砲兵大将)

Vosges地方に展開した部隊
・第198歩兵師団
 ・第198擲弾兵連隊(主に第442連隊戦闘団と直接戦闘で対したと考えられる部隊)
  ・第198フュージリア大隊
  ・マーンケ(Mahnke )戦闘団
  ・メルカー(Marker)戦闘団
  ・第198空軍野戦大隊
  ・第49要塞機関銃大隊
  ・第1432要塞歩兵大隊
  ・第8海軍艦船基幹大隊
 ・第189連隊
・第716歩兵師団
 ・第736擲弾兵連隊(主に第442連隊戦闘団と直接戦闘で対したと考えられる部隊)

西部戦線からの後退で合流した残存集成部隊
・第16国民擲弾兵師団
 ・第221擲弾兵連隊
 ・SS第19警察連隊
 ・第158予備師団
 ・第16空軍野戦師団
・第19国民擲弾兵連隊
 ・第192装甲擲弾兵連隊
 ・第757擲弾兵連隊
 ・第201及び202山岳猟兵大隊
・アーレン(Aalen)戦闘団
・第9装甲師団(一部)

実質的には展開と言うより西方戦線で損害を受け、後退してきた所、これ以上の(ドイツ国内への)後退が許されず、防御命令が下令されています。正確な数字は判りませんが、合計しても1個師団に満たなかったようで、アメリカ第36師団の正面には1個連隊程度の配備だったようです(途中で一部が更に後退して兵力が減った可能性もあります)
また、捕虜の記録からは更に複雑に様々な部隊出身、人種の兵士が含まれていたことが伺えます。
26日までにSt. Dieに至るルートのドイツ軍は砲撃によって大損害を受けており、第442連隊はそこから前進する予定とされていました。
この中で、特に「失われた大隊救出」の戦闘に置いてドイツ軍の主力となったのは第716歩兵師団隷下の第736歩兵連隊と思われます。
第736歩兵連隊は師団主力のあるLa Houssiere(ラ・ウシエール)から北へ移動し、米141連隊第1大隊と第3大隊の間に入って敵を二分すると、そのまま第1大隊を包囲しました。


「失われた大隊救出」に関する10月26日までの第442連隊戦闘団の概況については、以下の通りです。

第442連隊戦闘団と、その所属する第36師団の戦闘序列については前回のVol.3に記載しています。

10月25日0230時:ベルモントにて休養に入っていた第2大隊に第36師団より待機命令。翌朝には出撃準備が下令。1230時に第36師団より第442連隊戦闘団に対し待機、出撃準備が下令。なお、第522野砲大隊は第442連隊が後方に下がっている間は第36師団砲兵司令部の直轄に組み入れられていましたが、26日に連隊が戦線に復帰すると同時に再度連隊戦闘団の隷下に戻っています。
10月26日0300時:第2大隊はベルモントの待機エリアを離れ、移動開始。
北方へ進出し、第7歩兵連隊(第3師団)と141歩兵連隊の間隙を埋めて36師団の左翼側面を防御するよう命ぜられた第2大隊は、夜間の間に暗い森を通り抜けてHill585の手前まで進出し敵と交戦。
これらを排除しつつ街道沿いに敵を掃討し、夕刻には地点315595の集結地に到着。第141連隊第3大隊と交代すると、間を置かずに敵からの射撃を受けて戦闘が開始。

情報に寄れば約100名からなるドイツ軍の一隊が地点327598の高台(Hill.617)に塹壕を構築、北西に伸びる谷を包み込むように5挺の機関銃が配置。更に2基の120mm迫撃砲と対戦車自走砲が左側面に配置され、それらは小火器で補強。

このドイツ軍守備隊からの十字砲火と激しい砲撃に直面した第2大隊は前進を止め、各中隊ごとに壕を掘って防護に移ります。各中隊の位置はE中隊が地点324595、G中隊が地点323600、F中隊が地点322596。
第2大隊の目標はこのHill617の攻略による師団左翼の安全化となります。
一方、442連隊主力たる第100歩兵大隊及び第3大隊は、141連隊の位置までの前進を命ぜられ、27日の深夜に行動を開始します。

また26日の第442連隊の詳報に記された「失われた大隊」の状況は下記の通りです。
「第141連隊第1大隊の状況に関する報告は益々深刻に。敵は反撃して大隊を取り囲み、背後の道路を切断した。」

26日の時点で442連隊本部は「失われた大隊」の置かれた状況を正確に把握しており、また自隊がその救出の為に駆り出された事も認識していた事がわかります。

1944年10月27日

日付の変わる深夜も第442連隊戦闘団は活発に活動していました。
第2大隊は第36歩兵師団の北方を前進する第3歩兵師団の第7歩兵連隊と連絡し、北方を安全化する為、Hill617をその目標に定め、麓に陣を引きます。
師団最左翼として、第100大隊及び第3大隊の進撃路を守る構えになります。
第36師団からの命令により、再出動となった第100大隊と第3大隊は0300時までに準備を完了し、第3大隊が0400時にBelmontより縦列での前進を開始。
1時間遅れで第100大隊がその後を同じく縦列で追従します。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
前進を開始する442連隊第2大隊の兵士。
※この4枚の写真は10月14日の撮影であり、「失われた大隊救出」時のものではありませんが、当時の様相を伝える物として引用しました。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
第752戦車大隊のM4シャーマン戦車 ※この写真は1944年10月30日に撮影されたものです。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
第82化学兵器大隊の107mm迫撃砲。 ※この写真は1944年10月16日に撮影されたものです。

第3大隊には第752戦車大隊D中隊(M4中戦車10輌 1個小隊欠)、第3化学兵器大隊C中隊(M2-107mm迫撃砲12門装備)、第100歩兵大隊には第752戦車大隊B中隊(M4中戦車10輌 1個小隊欠)、第82化学兵器大隊D中隊(M2-107mm迫撃砲12門装備)、第636駆逐戦車大隊C中隊(M10駆逐戦車4輌、M15対空自走砲2輌)が増強されました。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
1944年10月27日0600時の状況図。

夜が明けた0743時に第100大隊から442連隊に141連隊の行動について確認する通信があります。
それによると、141連隊は442連隊と交代後Belmontへ後退し休息するとなっており、第100大隊は後続してくれないと自分達が「失われた大隊」同様になる、と抗議しています。

また、442連隊が進入するにあたり141連隊が運用している砲兵(第131野砲大隊)へ注意喚起が行われていました。
第131野砲大隊は第141連隊の交代に伴い、第522野砲大隊と共に第442連隊戦闘団の指揮下へ入る予定でしたが、結局第141連隊が交代しなかった為、元の指揮系統を維持しています。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
第131野砲大隊による射撃。※この写真は1944年10月30日に撮影されたものです。

0850時には状況を鑑み、141連隊は後退せず前線に留まる事を師団長に訴え、0910時には442連隊に協同するよう下令しています。

1000時に第100大隊は141連隊第2大隊と交代し超越、更に東へ前進。
一方、第100大隊に追従することとなった、442連隊第3大隊は味方砲弾(と考えられる)の砲撃を指揮所付近に受け混乱し、攻撃開始が遅れます。
1053時にようやく2個大隊として横隊へ展開し攻撃を開始しますが、その前進は進まないものでした。
第3大隊が追従できなかった為、第100大隊も前進を中断し、第3大隊を待ちますがこれに36師団長が怒りをぶつけたのが1150時。
「攻撃すべき時間を2時間過ぎたが2個大隊が道路に座っているだけだ。射撃もしていない。現場で何が問題なのか確認せよ。」
第100大隊は以前のBiffontaineの戦闘で連隊(師団)が約束した後衛部隊が送られず包囲、孤立した経験もあって単独での前進には慎重だったと考えます。
師団は連隊を通じて駆逐戦車(M10)を2輌、第100大隊の支援に付けますが燃料が考慮されておらず、この日は運用できていません。M4シャーマン戦車用のガソリンは保有していましたが、支援に来たM10駆逐戦車は軽油を使用するディーゼルエンジンでした。


午前中に第442連隊本部は第141歩兵連隊本部と合流し、麓の民家に合同本部を立ち上げます。
昼過ぎには第36師団長が合同本部に来て、細かい指示を出していました。

結局師団長にせっつかれ、第100大隊は第3大隊を待たずに1340時に連隊右翼として前進を再開。
第3大隊は前進する都度、狙撃を受けてなかなか進めて居ない状況でした。

一方北方に進撃した第2大隊はHill585を巡って第30師団の第7歩兵連隊との調整が難航していましたが、ようやく1400時に第7連隊が丘を制圧します。
北方を第7連隊に任せた第2大隊はHill617の西側に並び、攻撃を待機します。
第7連隊と連絡する為、北上してHill585に近接したE中隊(記録ではF中隊と混同が見られる)は、事前に第7連隊に針路を伝えていたにも関わらず、砲撃を受けて停止します。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
砲撃任務中の第522野砲大隊。 ※この写真は1944年10月15日に撮影されたものです。

その際、第2大隊本部より連隊、第522野砲大隊に対し1641時に抗議が出ていますが、把握していない連隊の方では否定。
実は1440時に第7歩兵連隊から36師団と141連隊に対し、砲撃する旨の通知が行われていましたが、それを442連隊へ通知するのを怠った模様です。
第2大隊から442連隊を通じ、第36師団へは第7連隊との位置関係を繰り返し通知しており、味方誤射を防ぐ努力が見られる事からも、これは師団司令部の失態であったと考えます。
他にも442連隊第2大隊からは目標とされたHill585に敵の存在を認め、築城している旨を報告するもそれは第7連隊によって否定され、その後に7連隊が丘を攻撃するなど、錯綜がみられます。

その間にHill617を牽制していた第141連隊第2大隊は442連隊の後方を守り、第3大隊は143連隊と協同でHill624の攻略へ向かいます。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
1944年10月27日1500時頃の状況図。

一方1520時頃に第3大隊に対してドイツ軍は戦車の支援を受けた強力な部隊により攻撃を実施。
第100大隊の後方から支援に駆逐戦車(M10)を投入しようとしますが、燃料がM4戦車用のガソリンしかなく(M10は軽油を使用するディーゼルエンジン搭載型)、第3大隊のK、I中隊は手持ちの火器による反撃を余儀なくされます。
K中隊のPfc.Matsuichi Yogiを始めSSgt.Joe Shimamura、Pfc.Katsutoshi Sanoらがバスーカ砲を持って戦車4輌及び随伴するハーフトラックを撃破。
SSgt.Shimamuraの証言によると、撃破した敵戦車のうち、1輌は夜の間に修理され後退しています。


Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
戦車4輌の撃破を報告している記録。442ndRCT 1944年1027日の連隊詳報より。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
SSgt.Joe Shimamuraの墓碑。彼は戦争を生き延び、その後何度かこのボージュの森を訪れていた。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

Pfc.Matsuichi Yogiは2日後の10月29日に砲弾によって戦死し死後、この日の戦車撃破の功績で殊勲十字章(DSC)を授与されます。
また、この時の戦闘の様子が「失われた大隊救出」の戦闘をイメージした絵画に描かれ、アメリカ陸軍10大戦闘の1つとしてワシントンD.C.のFort McNair陸軍軍事史センターに飾られています。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

またK、I両中隊の反撃により敵を撃退しますが、その戦闘の最中にI中隊のホノルル出身、Pfc.Amakawa Nobuoが戦死します。
死後叙勲された銀星章(SSM)によると、敵機関銃座を発見したPfc. Amakawaは味方部隊に対して敵が射撃を開始する前にその機関銃座に攻撃し、撤退させる事で味方の中隊を救ったとあります。
その後、狙撃兵によってPfc.Amakawaは首を狙撃され、戦死しました。
この日、第442連隊戦闘団で唯一の戦死者でした。
死後、銀星章(SilverStar)を授賞しています。
Pfc.Amakawaは1920年8月1日ホノルル産まれ。
マッキンレー高校卒業後、陸軍軍属として施設建築に従事しており、1943年3月に志願入隊し442連隊へ配属されていました。

ドイツ軍の戦車を始めとする装甲車両群を撃退し、反撃に転じたI、K中隊はI中隊を右翼、K中隊を左翼として東へ進撃。
ドイツ軍の防御線を突破します。
この日の戦死報告は前述したPfc.Amakawaのみでしたが、実際にはかなりの被害を出しており、負傷者の多くは野戦救護所経由で後方の病院へ搬送されていました。

I中隊では、第1小隊長の2Lt.Richard HayashiがPvt.Henry Nakadaら3名に斥候を命じています。
2Lt.Hayashiはカリフォルニア出身で戦前に徴兵で入隊、語学兵として陸軍情報部(MIS)で勤務し、43年にはニューカレドニア島で日本軍捕虜の尋問や翻訳にあたっていた所、第442連隊の設立を知り嘆願を重ねて転属となりました。太平洋戦線から欧州戦線へ転属した唯一の日系兵でした。
結局Pvt.Nakadaらの斥候は敵機関銃の射撃を受けてちりじりとなり、森の藪の中で丸一日を過ごしてなんとか帰還しています。Pvt.Nakadaはロサンゼルス出身でアラスカの港湾で働いていた所を徴兵されていますが、12人兄弟の5男で実に7名がNakada家から従軍しています。これは当時のアメリカ全土での、一家からの従軍数にトップタイでした。

一方、442連隊第2大隊が北進した後を埋めるように配置された第141連隊の第3大隊ですが、山中で激しい砲撃と歩兵からの攻撃を受け、大きな被害を出しています。
1616時には141連隊のK中隊から「残存兵力25名」との報告が上がっています(歩兵1個中隊は193名で編制)
141連隊の第3大隊を支援したい同連隊第2大隊も、第100大隊の進撃側面を防御する必要に迫られ、身動きがとれない状態だったようです。

Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」
1944年10月27日2000時頃の状況図。

日没後も第442連隊並びに第141連隊は活発に活動しています。
1837時には師団長から442連隊に対し「孤立した大隊まで押して到達せよ」との指示が届いていました。
各中隊は相互に支援しながら暗い山中を前進し、可能な限り防御に適した地形での夜間を迎えようと試みていました。
第442連隊は第3大隊を先頭に「失われた大隊」へ近接しており、その戦闘の音が失われた大隊にも聞こえていたようです。
第100大隊は第3大隊の後詰めにあたる位置で追従し、敵に後背を取られる事を防いでいます。
その後方には第141連隊の第2大隊が入り、防御を固めていました。

第2大隊は北方のHill585の安全化を確認した後、Hill617を攻略する準備をしていました。
しかしここでも第3師団第7連隊との連絡の齟齬が発生しています。
1826時には第2大隊の作戦幕僚から442連隊の作戦幕僚宛に「7連隊のバカは何している?=What's the dope on the 7th Inf?」との苛立ちを示すメッセージが送信されています。
その後の位置確認で第7連隊がHill585から東へ前進したのを確認し、ようやく第3大隊は落ち着いて正面のHill617に対峙できました。
同じ頃、それまで本隊である442連隊戦闘団から離れ、ドラグーン作戦にグライダー降下してした対戦車中隊がようやく復帰し、連隊本部に合流します。
対戦車中隊は当時、英国製のオードナンス QF 6ポンド砲を装備していましたが、これらは山間部で使用する事が困難であり担架兵等の支援部隊となって連隊全体を支援しました。

20時頃に各大隊は前進を止め、それぞれに壕を掘って防御態勢を築きます。
もちろん翌朝の攻撃再開に備え、深夜に至るまで積極的に夜間斥候を送り、敵の監視と情報収集を続けていました。

失われた大隊の方では2015時の報告によると水の不足と、士気の低下が懸念されています。
24日と25日に2度に渡り、突破の足がかりとして派出したパトロールの失敗が兵力と士気を大きく下げていたものと考えます。
しかし同時に、包囲はしていたもののドイツ軍の方も積極的に「失われた大隊」を攻め上げて全滅させようとはしていなかったようです。



以下は10月27日における第442連隊戦闘団及び第141歩兵連隊の戦闘記録によるものです。特に記載がない場合、第442連隊戦闘団隷下部隊の記録と考えて下さい。

0030時:作戦指示No.7受領
0032時:RCT(連隊戦闘団)本部よりS2へ。
連隊規制時間知らせ。
S2:0032時。
連隊戦闘団:状況知らせ。
S2:第3大隊が0400時、第100大隊が0500時に行動開始する。
砲撃準備は完了しておらず、通信確認のみ。
パトロールは常時実施中。
0045時:第442連隊より第141連隊長へ。
我のF中隊から第7連隊が担当する道路障害、Erivalの北へパトロールを派出。現在の所は砲撃もなく静か。

0325時:Lt.Asai(ACo/連隊LO)より第3大隊へ。
各隊の位置。
第141連隊I中隊及びL中隊、地点325593。
K中隊地点323587、G中隊地点319589。
E中隊各小隊地点312587、314584、317586。
F中隊各小隊地点311584、312579、312574。

B中隊地点344514(344574の誤りと推察)、C中隊及びA中隊2個小隊地点346514(346574の誤りと推察)。
彼らの背後にドイツ軍の封鎖線があり、身動きが取れない。
第7歩兵連隊第2大隊の位置、地点311631。

0505時:第3大隊副大隊長よりLt.Asai(ACo/連隊LO)
大隊はIP(進入点)を通過。

27日0600時:第36師団長より現況概要。
戦闘前の段階で敵の障害は地点338579であると報告された。
Foret Dominialeの森と丘の線(地点317579~328592)に沿い地点308578、315580、326598を防御線としている。
期間中、この地域での進展は報告されていない。
南側では戦闘パトロールが地点254437と255436で機関銃の射撃を受けた。
砲兵は通常の運用中。
24時間の捕虜の合計4名、フランス戦線全体の合計は14009名。

0730時:第141連隊副連隊長より師団G4へ。
物資投下位置を示す、白い矢印について通知。

0743時:第100大隊副大隊長よりLt.Gilbert(442連隊補給中隊)
我々の通過後、141連隊はその場所に留まるかどうか知っているか?
Lt.G回答:計画では我々が現在位置する、休息エリアに戻る事となっている。

第100大隊副大隊長よりS3へ。:
141連隊が我々の位置まで戻った場合、戦線を維持できず442連隊が同じ状態に陥る。
141連隊E中隊はその位置に留まると考えていた。連隊長へ確認せよ。
S3:了解。

0820時:第2大隊長よりS3へ。
第3師団は何をしているのか?
S3:こちらは地点314615から減じた小隊をもって地点318661を強化した。
第2大隊長:他に何か?
S3:いいえ。7師団と30師団は左側面に位置し、そこまで前進している。
第2大隊長:次はどこまで?
S3:30師団第3大隊は地点318630。
第2大隊長:彼らはそれほど前進していない。次は?
S3:7師団が地点340640。
第2大隊長:我々の受持ちが広く、手薄になっている。7連隊の指揮所の位置は?
S3:地点296620の交差点。
0830時:師団長より第141連隊第2、第3大隊へ。
442連隊の将校から貴官が連絡を取っている砲兵へ警告あり。

0848時:S3より141連隊指揮所へ。
442連隊からそちらに行っているのは?
141指揮所:はい、指揮官とS2。
S3:そこにこちらの大隊は居るか?
141:ここに位置しているが、集結地を閉所していない。

0850時:141連隊長より師団長へ。
141連隊は442連隊の攻撃及び側面を支援する為、前線に残る事を提案する。
師団長の命令が下るまで、移動しない。

0910時:141連隊長より141連隊第2、第3大隊長へ。
必要に応じ、442連隊と共に攻撃を再開する準備を成せ。
移動経路はPt.9へ向かう針路。

0915時:LBより141連隊長へ。
戦闘パトロールに派出したうち、5名のみが捕虜1名と共に帰還。
他は敵による待ち伏せに合い、捕らわれた模様。
捕虜の証言からPt.10の北方に150名のドイツ軍が存在し、アメリカ軍の東方側面に位置しているとの事。
機関銃を含む敵パトロールにより南方より攻撃を受けたが、撃退した。

0925時:442連隊S3より141連隊S3へ。
第100大隊が集結地を閉鎖したと報告された。

0927時:S3より第3大隊副大隊長へ。
第3大隊は閉所したのか?
第3大隊副大隊長:そう考える。有線及び無線で確認していない。

1000時:第3大隊副大隊長回答
以前の指揮所は閉所し、1045時に地点308586で開設する予定。

1005時:141副連隊長より141連隊S2へ。
地点315585に442連隊の1個大隊が存在、エリア3059を集結地としている。
143連隊G中隊はBiffontaineの北方の丘、南東の鼻に位置。
F中隊は地点318578に位置。
第100大隊はE及びG中隊を超越し攻撃中。
第3大隊は北方より側面攻撃を試みる。
我々の部隊は予備として、必要な箇所に火力支援を送る

1015時:師団長より141連隊長へ。
指揮所を訪れ、連隊長より状況報告を受けた。
全ての戦車を直ちに442連隊の指揮下へ置くよう命じた。
141連隊第2、第3大隊への戦車の編入を解く。

1027時:141連隊第2大隊長より141連隊S3へ。
第442連隊B中隊、141連隊E中隊を超越。

1046時:141連隊長より141連隊S2へ。
味方砲兵の射撃が届かず、442連隊第3大隊及び141連隊第3大隊の指揮所に着弾、両大隊の攻撃が遅れた。

1053時:442連隊より141連隊S3へ。
第100大隊及び第3大隊攻撃開始。

1145時:141連隊S2より師団G3へ。
補給品投下任務は開始されたか?
G3:航空機はエリア上空を旋回したが、深い霧に阻まれ補給品を投下できなかった。航空機は基地へと帰投したが、視界が回復したならば速やかに再開する。

1150時:師団長より連隊長
攻撃すべき時間を2時間過ぎたが2個大隊が道路に座っているだけだ。
射撃もしていない。
現場で何が問題なのか確認せよ。
連隊長回答:イエス・サー、すぐに行く。

1200時:第100大隊よりS3へ。
先遣小隊が敵と接触中。第3大隊を待つ。第3大隊が来たならば速やかに進発する。
S3回答:ちょうど3大隊と通話した。彼らはまだ途中である。

1203時:LBより141連隊長へ。
味方部隊の位置は?
連隊長:そちらへ向かっている。
1100時に航空機が補給品を投下する手筈だったが、悪天候で許可が下りなかった。
天候による許可が下り次第実施する。

1210時:S3より第100大隊長へ。
2輌の駆逐戦車がそちらへ向かっている。
100大隊長回答:これを使用するか?
S3:はい、彼らはディーゼルエンジンだ。
100大隊長:ここに燃料が必要な戦車が数輌ある。これらを活用できるか?
S3:イエス、まもなく燃料トラックが来る。右翼の最も近い部隊、143連隊F中隊を下ろす。

1215時:師団長よりS3へ
ドイツ軍A中隊が地点315635で降伏、Hill585の抵抗は弱体化している。
どうだ?
S3回答:全て把握している。

1230時:S3より第100大隊へ。
連絡先は右翼に位置する143連隊F中隊、地点316580。
接触したら知らせ。

1245時:S3より連隊長及び第2大隊長へ。
ドイツ軍L中隊(A中隊の誤りか)が地点315635で降伏。
Hill585=地点313618の抵抗は減少した。
第2大隊長回答:我のF中隊はその地点でドイツ軍が築城していると報告。第7連隊は道路障害が無いと報告した。
S3:Les Eaux(レゾー)に敵が居る。師団長はそちらへの攻撃を希望。正確な方向及び時間は後に出される。

1250時:141連隊第2大隊長より141連隊S3へ。
143連隊F中隊は地点313575に位置し、141連隊F中隊の1個小隊は地点317575に位置。
143連隊F中隊は森の端で小火器による射撃を受け、141連隊F中隊の1個小隊はそれに対応中。他の小隊は地点313579から315580にて行動中。

1315時:師団長ダールキスト少将は442連隊、141連隊の合同指揮所に位置。

1320時:141連隊第3大隊長より141連隊S3へ。
141連隊大3大隊は地点322575から32の線沿いに移動中の442連隊第3大隊と接触しつつ、道路上に展開中。
442連隊第3大隊がI、K両中隊を超越、攻撃の準備ができたならば、141連隊第3大隊は攻撃の準備を完了する。

1324時:S3より師団指揮所へ。
状況知らせ。
師団:変化無し。道路障害にいつ接触したか?
S3:0945時。小変更あり。第100大隊は第3大隊を待っており、第3大隊は最後の位置から東に移動中。
第100大隊と第3大隊の合流を確立し、攻撃を開始するのを待機している。
1個小隊が道路障害に接触したが当初報告された位置ではなく、その先の次の交差点であった。
第2大隊は攻撃準備中。
F中隊、地点309608-312605-308605
E中隊、地点307613
G中隊、地点315602。
道路障害へ接触したのはE中隊で、彼らは最初の道路障害の位置でレジスタンスと合流した。

1335時:S3より第100大隊長へ。
どの方角へ向かっているか?
100大隊回答:道路を越えて東、先遣部隊の位置、地点314585。
道路を右方向へ進み、次の交差点から南東へ前身する。
141連隊を超越する。

1340時:S3より第100大隊へ。
状況は?
100大隊回答:左翼にC中隊、中央にB中隊、右翼A中隊、戦車は定位置に着きつつある。
S3:移動開始するか?
100大隊:はい。
S3:第3大隊、またはドイツ軍と接触したか?
100大隊:接触無し。
S3:第3大隊と接触したらすぐ報告せよ。

1345時:連隊長より第100大隊長へ。
左翼のバンダレイ(境界)について質問は無いか? 第3大隊は視認したか?
100大隊長回答:いいえ、第3大隊へは2度のパトロールを派出したが、視認していない。
私はパーセル中佐(第3大隊長)と会話した。彼は道路を前進中で3、4名の小銃手によって阻まれている。
使用道路について確信があり、それは間違いの可能性もあるが信じている。

1355時:連隊長より第3大隊S3へ。
そちらの大隊の状況は?
3大隊S3回答:大隊長を呼ぼうとしたが、ちょうど他の中隊へ出向いている。
折り返し電話する。
連隊長回答:出撃開始から既に4時間が経過している。

1400時:第2大隊長よりS3へ。
Hill 585より射撃音が聞こえるが、状況知らせ。
S3回答:敵はHill585より後退、第7歩兵連隊が進入している。
こちらへの報告では、まだ丘は完全に制圧できていない。
第2大隊長:OK。我々がHill585の南東を進んでいる事を通知せよ。

1400時:師団長より141連隊長へ。
1700時にLB(失われた大隊)へ向け155mm及び105mm砲による医薬品入り弾の射撃計画を実施予定。

1406時:141連隊S3より師団G3へ。
141連隊第3大隊は442連隊と協同。第2大隊は143連隊F中隊と共同して攻撃を実施し、丘を攻略することを計画中。

1410時:S4より副連隊長へ。
状況は?
副連隊長回答:遅れている。
S4:位置を知らせ。
S5:第100大隊、地点314585。
第2大隊、地点315598。
第3大隊、地点314595。

1435時:第3大隊よりS2へ。
K中隊位置。地点333586。I中隊の右翼がB中隊にコンタクトした。
敵の機関銃にぶつかり、100大隊との接触が遅れた。

1440時:師団G3より141連隊S2へ。
143連隊F中隊の位置、地点315577。
砲撃は320576及び318573に集中するよう141連隊によって要求された。
第100大隊の位置、地点316525。※316585の誤りか
第3大隊の位置、地点316595。
第100大隊は(指揮所を)閉所した。
第7連隊は地点304616の道路障害にて442連隊と接触した。
第7連隊は地点307613の敵に対し砲撃を行う。

1441時:師団G2より141連隊S2へ。
ISUM(Intelligence Summary=情報要約)
敵はForetDomanialsの防御線(317579-317582-323589-327590-328592)を維持。
326598の丘(※Hill617)には300名の敵が見積もられる。
442連隊は抵抗を受ける事なく、この防御線の左側面へ移動したが、正確な位置、と突破した地点は不明。
敵の砲撃がある。

1445時:141連隊長より442連隊へ。
Pt.10に対する射撃を許可。

1450時:連隊長より第3大隊S3へ。
地点337578に敵の道路障害がある。砲撃しても安全か?

第3大隊S3回答:大隊長は付近に部隊が散在していると考えている。
I中隊は反撃を開始、ちょうど無線による連絡を得た。
我々は前線観測員を通じて砲撃を要求する事が可能。

1455時:141連隊第2大隊より141連隊S3へ。
442連隊B中隊は我のE中隊の前線に沿って移動中。

1510時:Lt.Stevenson(442RCT-HQ)より第3大隊S3へ。
貴隊の正確な先遣隊の位置は?
第3大隊S3回答:地点333586で、それより多少動いた可能性がある。
I中隊は反撃を実施したが、先遣隊の位置は最後の報告でその地点である。

1520時:連隊長より第3大隊S3へ。
地点347582の北を地点342592まで流れる小川に砲撃しても安全か?
第3大隊S3回答:はい、我々の大隊に限り。
連隊長:他に何か情報を受信しているか?
3大隊S3:反撃について再度確認する。
連隊長:小川へ砲撃を行う。

1520時:141連隊第3大隊より大隊長へ。
地点323591に戦車の支援を受けた敵の攻撃、K中隊は地点322592を維持している。
戦車の位置は地点323588と思われ、これを排除するまで射撃が出来ない。
第3大隊長:戦車への射撃を行え。

1525時:S1よりS3へ。
対戦車中隊到着。
S3:OK、彼らを野営地まで送られたし。

1530時:第2大隊S3よりS3へ。
第7歩兵連隊について何か知っているか?
S3:師団を通じてメッセージを送ったが、直接の連絡は無い。
第7歩兵連隊第2大隊の位置、地点304622でHill585へ移動中。
2大隊S3:彼らはそこへ行き、何をするつもりか?
S3:師団は彼らを確認次第、通知する。
抵抗は少なくなっている。彼らは境界線を越えないだろう。

1535時 第3大隊S3よりS2へ。
K中隊は4輌の敵戦車のうち、1輌をバズーカで撃破。
S2:貴隊は移動しているか?
3大隊S3:ゆっくりと。

1540時:141連隊第3大隊長より141連隊長へ。
地点322597から322593へ伸びる尾根は現在L中隊によって強化されている。
442連隊第2大隊の一部は地点319598から補給ルートに沿って移動し、間隙が生じた為にI中隊を移動させ、間隙を埋める。
現在、状況は把握されている。

1543時 S3より第3大隊S3へ。
どのように配置したか?
3大隊S3回答:I中隊を右翼とし、左翼にK中隊で反撃中。
L中隊はI中隊の後方400ヤードで予備。
S3:B中隊と直接接触したか?
3大隊S3:そう聞いている。
K中隊は戦車に随伴するハーフトラックを撃破した。

1545時:Maj.May(36師団砲兵幕僚)よりCpt.Ritter(522野砲大隊幕僚)へ
地点340583、将軍(36師団長)はこれをクリアにせよと要求している。
そして、道路障害を除去できるかを知りたがっている。
回答:それは不可能。K中隊がそこへ移動中。

1550時:第442連隊より141連隊S3へ。
K中隊の前方に4輌の戦車が存在、1輌を撃破したがハーフトラックだった。

1600時 第2大隊長よりS3へ。
第7歩兵連隊が退去しないならば、彼らの情報が必要。
我々がそこに行く事を知らせなければ。
Lt,Asai(ACo/連隊LO):私が第7歩兵連隊へ出向き、彼らにわが方の配置について知らせる。
2大隊長:現在目標は砲撃されている。
S3:第3大隊には前線観測員がおり、彼らに2大隊の位置は通知しているため、味方砲弾を心配する必要はない。
7歩兵に連絡し、配置状況を調べて折り返し貴官へ通知する。

1605時:Cpt.Ritter(522野砲大隊連絡将校)よりCpt.Harris(522野砲大隊幕僚)へ。
道路障害に対する射撃を観測できるか?
Cpt.H回答:目標から遠い。観測員はそこから1000ヤード離れている。
Cpt.R:観測員がたどり付けないようなら、道路障害に対し正確な1発を射撃せよ。
第141連隊が障害の反対側に存在する為、正確な射撃が必要。

1610時:Cpt.Ritter(522野砲大隊連絡将校)よりCpt.Harris(522野砲大隊幕僚)へ。
第100大隊の先遣隊の位置、地点320586。

1615時:141連隊第1大隊(包囲されていない本隊)より141連隊長へ。
戦車と連絡を付けたが、第100大隊と共に移動していない。
141連隊長:第1大隊(LBを除く)は補給部隊として第100大隊に後続する事になっている。

1616時:141連隊第3大隊S3より連隊長へ。
I中隊に東方及び南東から砲弾落下。
L中隊の位置、地点322597の丘の鼻付近。
K中隊の位置、地点318596。
K中隊の残存25名。反撃を受け、多くの損害を出している。

1620時:36師団G2よりS2へ。
I中隊による反撃について知らせ。
S2:東方より実施され、すでに終了している、という事のみ把握。
I中隊位置、地点333583、K中隊位置、地点333586。
状況を打破するため道路障害の撃破を試みている。
K中隊は1輌の戦車、1輌のハーフトラックを撃破した。
Lt.Gilbert(442連隊補給中隊):
143連隊指揮所の位置を知らせ。
36師団G2:私の知る限りでは、まだLavalに位置。
Lt.Gilbert:Custer(第7歩兵連隊)の情報を取得しようと試みた。
現在E、F中隊が攻撃中で、E中隊は7連隊の南に来ている。
7連隊へ通知したか?
G2:イエス。彼らはHill586に位置し、E中隊の到来を待っている。

1625時:141連隊第2大隊より141連隊S3へ。
442連隊C中隊は築城中。もし彼らが残っているならばそれらを引き抜く事が可能だが、そうでない場合はルートの側面を防護するために留まる必要がある。

1635時:Cpt.Harris(522野砲大隊幕僚)よりCpt.Ritter(522野砲大隊連絡将校)へ。
我々の前線観測員が観測できず、Cpt.Fieblemanが弾着修正を実施しようとしている。
Cpt.Ritter回答:143連隊長は、煙幕を展開し近接できると言った。
Cpt.Fieblemanがそれを実施しする事を願う。

1641時:第2大隊S3よりLt.Gilbert(442連隊補給中隊)へ。
我々の目標に味方からの砲撃。S3が第3大隊からの要求と言ったため確認した所、砲撃要求は無し。
F中隊が近接しているが、砲撃元が誰なのか判らないため、突入できない。

1645時:S3より第2大隊S3へ。
F中隊の目標に対する砲撃任務はCol.Hanley(第2大隊長)と貴隊の前線観測員によって要求された。
2大隊S3回答:彼らは両名ともここに居て、その要求をしていない、と言っている。
Cpt.Ritter(522野砲大隊連絡将校)よりLt.Andrews(522野砲大隊幕僚)へ:
私が通信した際に「前線観測員が要求しない限り、射撃任務は取り消されない」と言った事を覚えているか?
Lt.Andrews回答:私はそれについて何も知らない。

※第30師団第7歩兵連隊が1440時に要求した射撃によるものと思われる。
36師団と141連隊にはこの砲撃の情報はもたらされていたが、442連隊へ通知された形跡が無い。


1700時:S3より第111戦闘工兵大隊へ。
ここの丘の上にドーザー付き戦車が必要。
111工兵:ここに2輌ある。そちらの状況は?
S3:狙撃兵の存在があるが、周囲に歩兵が居る。
111工兵:ドーザー付き戦車を送った方が良いな。

1818時:RCT本部よりCpt.Ritterへ。
(そちらが把握している)我々の部隊の状況を知らせ。
Cpt.Ritter:
L中隊、地点334587。
I中隊、地点334583。
K中隊、地点336584。
C中隊、地点324567(324587の誤り?)。
B中隊、地点326587。
A中隊、地点325584。
G中隊、地点314609。
F中隊、地点318610。
E中隊、地点319610。

1825時:141連隊対戦車中隊長より141連隊S3へ。
442連隊G中隊は我々の道路障害に位置している。対戦車小隊を引き抜いても良いか?
第442連隊:対戦車小隊を障害から引き抜いてもOK。

1825時:LBより141連隊S3へ。
補給の為の砲撃の調整を続ける事ができないが、翌朝に継続する。
航空機は翌朝使用するか?
友軍の位置が知りたい。士気は旺盛。
S3:状態は? 水の確保はできたか? 何ケース確保しているか?
明日は航空機を使用する。
友軍はPt.10付近に来ている。

1826時:第2大隊S3よりS3へ。
7連隊のバカは何している?

連隊S3:(7連隊)第1大隊の位置、地点324639。
彼らは貴隊に向かって道路の両側へ展開し行動中。
2大隊S3:彼らはDomfaing(ドンフェン)への道をLesRougesEaux(レ・ルージュオー)に来た。
連隊S3:イエス。
各中隊の現在地、K中隊、地点312632、I中隊、地点316628、L中隊、地点319629。
第2大隊位置、地点314618のHill585。
2大隊S3:E中隊に電話し、彼らは戦車による攻撃からの射撃戦を実施中であると述べた。
連隊S3:そちらの場所は?
2大隊S3:E中隊の1個小隊は地点313609を制圧。E中隊は地点311605から314607へ展開中。
F中隊は1個小隊をE中隊の右翼、1個小隊を左翼に配置し残りはE中隊の背後へ。
G中隊は地点311601から319603。
連隊長:道路障害に2輌の戦車を配置しているか?
第2大隊長:はい、そこにあります。
連隊長:141連隊は2門の対戦車砲をそこから引き抜きたいと要請している。
第2大隊長:OK
連隊長:明日はそれらの戦車を使用せよ。

1837時:連隊長より第3大隊長へ。
我々は明日0630時に攻撃を開始する。師団長は我々が孤立した大隊まで押して到達することを望んでいる。連絡を密にせよ。
第3大隊長:了解しました。

1842時:第100大隊副大隊長より第100大隊長へ。
状況は?
第100大隊長:砲撃と小火器。A、C中隊が迫撃砲、砲兵を取得、第3大隊に追従する。

1850時:対戦車中隊長より連隊長へ。
ちょうど今、補給中隊に合流しました。

連隊長:OK。今夜はそこに居ろ。

1902時:141連隊第2大隊S2より141連隊S3へ。
第100大隊(442連隊第3大隊の誤りか)I中隊が141連隊E中隊の左翼小隊と接触。
141連隊C中隊は同連隊E中隊及び442連隊A、B中隊と同位置にあり、442連隊C中隊及び141連隊E中隊のすぐ前方に位置。

1913時:S3より第3大隊長へ。
連隊長は電話で位置を確認するよう述べた。
141連隊はI中隊と接触したと言っている。
貴隊の位置は最後の報告では地点335585だった。
第3大隊長:イエス。I、K中隊は丘の上でV字に防御している。
彼らはL中隊の1個小隊と共に位置し、B中隊の後衛となっている。
また、第2大隊も電話しL中隊から派出中のパトロールについて調整した。
S3:貴隊は大隊の境界線の左に位置しているか?
第3大隊長:イエス。もう滅茶苦茶だった事を示している。
我々は第100大隊へ接触するために小隊を派出したが、その距離は1000ヤード以上だった。よって私は更に大隊の前方へ穏やかな斜面を移動したが、登った所で機関銃による十字砲火を受けた。
K中隊は地獄のような有様だ。
S3:現在の状況を把握しているか?
第3大隊長:不明。本日は1輌の戦車が居て、4輌を撃破したと報告されている。
S3:Good!

2015時:LBより141連隊S3へ。
水の浄化剤が必要。兵が弱っている。水は9リットル保有。
53名の行方不明をパトロールで出した。
A中隊の第1,第2小隊は所在不明。戦死者4名。

2032時:第143歩兵連隊よりLt.Gilbert(442連隊補給中隊)へ。
第100大隊の状況は?
S3:A中隊位置、地点326586。
S3:B中隊位置、地点326588。
S3:C中隊位置、地点324588。
砲撃を受けている。
第3大隊が左翼に位置している。
第3大隊の位置、地点336585。
143連隊:第100大隊の右後方の防御は?
S3:141連隊G中隊は地点315585、B中隊(※ここには居ない)は地点320587に両中隊が位置。
143連隊:OK。

2130時:Lt.Massengale(442連隊本部中隊)よりLt.Gilbert(442連隊補給中隊)へ。
第7歩兵連隊は地点363634から地点363604にかけて東方へ押す。
7連隊F中隊は地点322624の道路障害、E中隊はHalley(アレ)の障害、G中隊はHill585の頂上。
第30歩兵連隊の戦闘パトロール位置、地点385665、I中隊は地点374678(未確認)、L中隊は地点358671。
143連隊第3大隊は地点2857。
F中隊はBiffontaineに潜入する敵と接触中の141連隊F中隊と接触中で、混在している。

2220時:第36師団よりLt.Gilbert(442連隊補給中隊)へ。
貴指揮所が受けた60から70発の砲弾の方位やサイズに関する情報がはあるか?
Lt.Gilbert:522野砲大隊へ確認して欲しい。

2345時:第442連隊S2より141連隊S2へ。
既に解隊したMerker戦闘団の一員であったコンラッド(衛生兵)をK中隊が地点332586付近で捕虜とした。
Merker戦闘団は現在、第9装甲師団の一部となっており、10月24日にGerardmer(ジャラールメ)経由で LA BRESSE(ラ・ブレス)に近いLA HOUSSIERE(ラ・ウシエール)地点317600に配置された。
198師団にいくつかの中隊が編成され、大隊指揮所の位置は地点317600。
この20時間の任務は、彼らに出向く50名の部隊を捜索し、全滅させる事だったが、それらの発見はできなかった。
本日1300時に戦車(442連隊が撃破したもの)と共にHill603攻撃が命ぜられた。
198フュージリア大隊の捕虜は、道路の左翼側面に配置された要塞機関銃大隊、第10中隊について話したが、戦力は不明。



最後に、K中隊のPfc.Matsuichi Yogiに送られた殊勲十字章(DSC)の文面をご紹介いたします。
叙勲の文面に関しては、その時の戦闘の様相を伝える貴重な資料ではありますが、同時に多少「盛られて」いる場合も多く、内容は必ずしも事実だけを伝えているわけでは無いと考えています。
しかし、これは叙勲者の功績を否定するものでも、アメリカ陸軍の制度を批判するものでもありません。
皆さんも、実生活の中でこのような経験はどこかであるのでは無いでしょうか?
軍隊と言うもの、多少のことはあってしかるべき、と考えるのは贔屓目でしょうかね。

それでは、また次回「28日の戦闘」へと続きます。
訳の間違い、整理ミス、誤字脱字等があるかとお思います。
ご指摘いただけると、大変ありがたく思います。


Vosgesの戦闘 第442連隊戦闘団 Vol.4「失われた大隊救出 初日」

「1918年7月9日、議会法によって承認されたアメリカ合衆国大統領は、特別な英雄主義のために、米国陸軍の上等兵マツイチ・ヨギ(認識番号30104464)に殊勲十字章(死後)を誇りを持って授与します。
1944年10月27日から1944年10月29日まで、フランスのヴォージュ山脈で敵軍に対抗するために第36歩兵師団、第442連隊戦闘団、第3大隊K中隊に所属する中で、敵装甲部隊に対する軍事作戦に関連して。

 ヨギ上等兵は、敵の反撃中に大胆に露出し、バズーカでドイツのIV号戦車を撃破しました。更に敵の狙撃兵の射撃を無視して、彼は自分の武器で2つのドイツのバズーカ砲の内1つを排除し、正確なライフル射撃でもう1つを撃破しました。
2日目に彼は、敵の機関銃陣地に援護射撃を行う事で、小隊がその陣地を突破できるようにしました。
ヨギ上等兵の戦闘精神と任務の範囲を超えた果敢な勇敢さは、軍隊の最高の伝統に生きた栄光を加えます。彼の個人的な勇気と彼の命を犠牲にしての義務への熱心な献身は、米国の軍隊の最高の伝統を例示し、彼自身第36歩兵師団、および米国陸軍に大きな功績を残しました。





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